夢と現の境にて◆参
「ふぅ…」
間宮への連絡を終えた俺は、目覚めたばかりの目をこすりつつ携帯を操作し次の連絡相手を表示させた。次は佐々部さんに連絡だ。最近は夢を見ることが少ないため久しぶりの連絡になる。仕事中だといけないと思い、メールを打つことにした。間違えないようにゆっくりとボタンを操作する。自殺の事件は最近は随分となかった。しかも自分の学校の生徒となると尚更だった。夢でみたその少女は、涙を流しながらフェンスを越え、名残惜しそうにこちらを一瞥した後、その身体を屋上から投げ出した。重力に逆らうことなく落ちていく身体は、地に到達したときにはもう助かる姿をしてはいなかった。自前に抑えなければ助かる余地はないだろう。大体の文面を打ち終わり、いざ送ろうというとき、突然携帯が鳴った。驚いて手から携帯が滑り落ちる。慌てて掴み取ろうとしたが、こちらの意には反しそのまま畳の上へと鈍い音を一瞬響かせ落ちてしまった。あーあ…、と心の内で溜息をつくように重たい腰を曲げ携帯を拾う姿勢に入ると、光る携帯の液晶に「間宮」と表示されているのが目に入った。なんだろう…、先ほどの返事だろうとは思うが。
携帯を手に取り、姿勢を戻すと送られてきたメールを確認した。
「間宮:お前に話しておかないといけないことがある。今からそっちにいってもいいか?あと、このことについては警察に連絡しないでほしい。」
その文面を見て俺は少しの間放心していた。なんだ…?これは間宮に、もしかしたら自分に関係する事件なのだろうか…?事前に防げると思っていた事件が思いもよらぬものになりそうだと直感した俺は恐ろしいほどの不安が込み上げてきた。悩んでいても仕方がない、間宮に直接確認するべきだと思い直すと、メールの問いについて「分かった、待ってる。」と返事を打つ。本当は何も起こらなければいいと思っている。でも、あの間宮がこんなメールを打ってくることなのだ。きっと…きっとよくないことが起ころうとしている。
打ち終わった携帯から、仄かに光を刺す自室の窓へと視線を変える。いや…違う。俺はある一つの考えに至り、静かに目を閉じる。俺の問題ではない。
藤本 紗絵という女と、間宮の問題だ。
きっと間宮に関わる何かを、俺は夢に見てしまったのだ。警察への連絡を止めたのも、何かややこしい問題があるからだろう、と俺は推測する。ややこしい問題…とは、なんだろう。男と女でややこしい問題といったら…。
そう考えて胸が苦しくなった。嫌な考えだ。思い違いかもしれない。だけど…
そう考えるのを止められない俺は、その場に力なくへたりこんだ。やめよう…気になるなら間宮に聞けばいい。もしかしたら聞かずとも言ってくれるかもしれない。
だけどそうであって欲しくないと思う自分がいる。ふと、先ほど聞いた話を思い出す。間宮の家族がどうなってしまっているのかを。あれははっきりいって間宮のせいではないと思っている。でも間宮はそうは思ってないだろう。確かに少しでも気を配れば回避できたことかもしれない。でもそれが一生続けられるのか、幼い子供にできていたのか。無茶ブリにもほどがあるのではないだろうか。でもきっと、誰にだって責任を感じずにはいられない事件だろう。そして、もしそれを繰り返すことがあるとすれば…
そこまで考えて、俺はぎゅっと硬く目を瞑った。救いたい。もしそんなことが起こり得ようとしているのなら止めたい。間宮を、助けたい。いつも自分を助けているあの男に、やっと役立てるかもしれないのだ。これは転機だ。人が死のうとしているのに、なんてことを考えてるんだ、とその場で少し苦笑する。でも、それでも俺の考えは変わらない。
絶対に、間宮をあの記憶から救いだすんだ。