Loveself プロローグ~女神編~
「私は完璧な人間だ」
そんな『冷静に考えればしごく当然だった』事実に私が気付いたのは、いつだっただろうか。
どこかの誰かには10歳になったころだと言ったような気もするが、正確なところは覚えていない。そんなことは重要ではない。
大切なのは、私が『完璧』だということなのだ。
両親からも、クラスメイトからも、教師からも、―――私は賛辞の言葉以外を投げかけられたことがなかった。
それも当然。何故なら私は成績優秀で、運動神経もよく、人づきあいもうまく心優しく、全てにおいて抜群の才能を発揮する絶世の美女だったのだから。私に欠点などあるはずもなく―――私はどんな人間より優れている。
私はある日、そう『自覚した』のだ。
私という存在は、もはや罪と言ってもいいかもしれない。普通の人間からすれば、私のこのあふれんばかりの才能は目に余るものだろうし、また評価できるようなものでもないからだ。美しきは罪と言うが、私の場合は美しさも含めた存在そのものがこの世界のエラーにも似ているのだろう。
全ての人間が美しく賢く優れた私に見惚れ、憧れ、焦がれるのは当然のこと。そして同時に、そんな私を妬み、憎み、身分不相応の性的な欲望を抱くのもまた当然のことだ。
私はそれほどまでに完璧―――全能な存在なのだ、仕方ない。そこに人種や性別の差などあるはずもない。
昔は、私だってそれらに多少感情的になっていたことはあった。いちいち彼らの負の感情に対して苛立ち、好意に疲労していたこともあった。しかしやがて私は、そうすることがなくなった。
何故か?
それは、私は同時に―――自分が完璧な存在だと認識したと同時に―――理解したからだ。
彼らは、私より劣った『生物』なのだと。
いや、正確に言うならば―――この私が、人間ではなく、―――人間『なんか』よりずっと優れた、『女神』と呼ぶに値する存在なのだ、と。
普通人間は、犬や猫が粗相をしようと本気で怒ることはない。多少のしつけはしても、大抵は「可愛い」で済ませてしまう。それは何故か、それは犬や猫は人間より下等な生物だから仕方ない、とどこかで理解しているからのはずだ。
どうせ犬や猫は、人間ほど賢くはないのだから、多少の粗相くらいは当然のことだ、と。
だから、私も同じ。
自分より下等な存在である人間が何をしようと―――どんなに無礼を働こうとも、身分不相応な好意を持っても―――私には、関係がない。
彼らは自分より下なのだから、むきになっても意味がない。むしろそれどころか、可愛くすら見えてくる。
だから。
私は、そのような思考で、人間を『愛する』ことにした。
私より下等な生物である人間たちに、見下すでも罵るでも蹂躙するでもなく、『女神』らしく慈悲をかけてあげようと。
どんな愚かで、馬鹿で、差別を受けている人間にも―――人間だけではない、この世に存在する生物全てに平等に―――私は『女神』として、優しく、平和的に接しようと。
たとえ私に憎悪を抱く無礼者がいたとしても―――私を殺さんとする罰当たりな人間がいたとしても―――それすらも、私はおおらかに許容し、許してやろう。
それが、女神の役目であると。
そう、思っていたはずだった。
そう、決めていたはずだった。
―――あいつに、会うまでは。
※
ある日の昼休み
今日も、あの『馬鹿』が―――五月蠅い。
「なあ留衣!聞いてくれよ!実はさあ、今朝すごいこと聞いちゃってさあ!何がすごいって、もう本当にびっくりなんだけど、どのくらいかっていうと昨日俺のクリアし終わったエロゲーで主人公が女装して前作主人公に(性的な意味で)犯されるエンドがあったってことくらいかな!いやマジあれめちゃくちゃ衝撃だったんだぜ!?主人公が普通に可愛いのもあれだし、ヒロインというか俺の大好きな言葉様のCGは少なかったのに何故かそこの部分だけえらく尺が長いっていうね。いやいや確かに可愛い子は好きだけどさすがにホモは・・・・・・いやでも「こんな可愛い子が女の子のはずがない」系なら別にいいのかもしれないけどさあ。
あ、でも安心して留衣、俺は別にホモでも同性愛者でも何でもなくて留衣一筋だから!ああそうそう、一筋といえばこないだの火サスで殺人の動機が「愛する人を殺されたことに対する復讐」って女性がいたけど、それってある意味ヤンデレだよね?一途なのはいいけど三次元のヤンデレはやっぱちょっと怖いと思ってさ、あれそういえば俺って何を話そうと思ってたんだっぐふっ!」
反射的に腹を殴ってしまった。
……大丈夫、誰も見ていない。当たり前よ、見られても困るもの。
クラスメイトには馬鹿が勝手にどこかに腹をぶつけてもだえているように見えることだろう。こんなに華麗に『指導』ができるのも、私だからよね。
愚かな人間には決して出来ない芸当だわ。
「痛い、痛いよ留衣酷いよ、で、でも留衣に踏まれるのも意外に悪くないかもしれない、こ、今度はよければボンテージか何かを着て鞭を持って、「あんたは本当に愚かな雄犬よね」とか言いながら踏んでくれたら俺は喜んでげふうっ!」
昼間からなんという話をしているのだろう。思わず足を踏みつけてしまった。もちろん今度もばれていない。
私でなければ、こんな馬鹿、とっくの昔にこいつの傍から離れている。
……私で卑猥な妄想をするんじゃないわよ、相変わらず失礼な奴ね。
こんなくだらないことしか考えられないから、あんたはいつまでたっても馬鹿なのよ。
もう少し、まっとうな人間にならないと困るじゃない。
この―――『女神』の私の隣にいても恥ずかしくないくらいの『下僕』になるべきだわ。まあ、『蠅』には無理な話かもね。
「在野、今の時間を忘れないようにね」
「昼間だから下ネタは駄目だって!?はん、そんな理屈は俺には通用しないぜ!俺は真昼間だろうと子供の目の前だろうと純粋な女の子の目の前だろうと!自分が話したい時にエロい話をするっ!!!!」
撥ねた茶髪をわずかに揺らして得意げに胸を張る―――ああ、こいつ、馬鹿だ。
何故こんなに得意げなのかしら?理解に苦しむわ。
こいつがわいせつ罪で捕まっていないことが不思議でならない。
「ああ、でも留衣が嫌だったら言ってね!?俺もさすがに嫌がってる女の子に下ネタを強要するほど鬼畜じゃないんだぜ!まあ個人的には留衣が下ネタ嫌がってるのを想像するだけでにやにやしてくるんだけど!」
またこいつは私を勝手に妄想して盛り上がり始めた。
どうしてこの私が、人間の話を嫌がらなければいけないのか。
好きでもない、興味がない。
バード・ウォッチングが趣味でない人間が鳥の声を聞いたところでただ騒がしいと思うだけ―――今の私は、まさしくその心境だった。
ああ、本当に、騒がしい。
「…………はあ」
まだ目の前で何やら話し続けている馬鹿を見て。
思わず、溜息が洩れた。
―――ああ、そうね、私について説明していなかったわ。
いきなりこんな馬鹿が出てきて、何のことか分からないでしょうし。
本来なら人間なんかに自己紹介をする価値もないのだけれど―――私は女神だから特別よ。
特別に、教えておいてあげるわ。
私は都山留衣。
現実世界では高校二年生という肩書きを持つ―――『現代の女神』。
そんな『冷静に考えればしごく当然だった』事実に私が気付いたのは、いつだっただろうか。
どこかの誰かには10歳になったころだと言ったような気もするが、正確なところは覚えていない。そんなことは重要ではない。
大切なのは、私が『完璧』だということなのだ。
両親からも、クラスメイトからも、教師からも、―――私は賛辞の言葉以外を投げかけられたことがなかった。
それも当然。何故なら私は成績優秀で、運動神経もよく、人づきあいもうまく心優しく、全てにおいて抜群の才能を発揮する絶世の美女だったのだから。私に欠点などあるはずもなく―――私はどんな人間より優れている。
私はある日、そう『自覚した』のだ。
私という存在は、もはや罪と言ってもいいかもしれない。普通の人間からすれば、私のこのあふれんばかりの才能は目に余るものだろうし、また評価できるようなものでもないからだ。美しきは罪と言うが、私の場合は美しさも含めた存在そのものがこの世界のエラーにも似ているのだろう。
全ての人間が美しく賢く優れた私に見惚れ、憧れ、焦がれるのは当然のこと。そして同時に、そんな私を妬み、憎み、身分不相応の性的な欲望を抱くのもまた当然のことだ。
私はそれほどまでに完璧―――全能な存在なのだ、仕方ない。そこに人種や性別の差などあるはずもない。
昔は、私だってそれらに多少感情的になっていたことはあった。いちいち彼らの負の感情に対して苛立ち、好意に疲労していたこともあった。しかしやがて私は、そうすることがなくなった。
何故か?
それは、私は同時に―――自分が完璧な存在だと認識したと同時に―――理解したからだ。
彼らは、私より劣った『生物』なのだと。
いや、正確に言うならば―――この私が、人間ではなく、―――人間『なんか』よりずっと優れた、『女神』と呼ぶに値する存在なのだ、と。
普通人間は、犬や猫が粗相をしようと本気で怒ることはない。多少のしつけはしても、大抵は「可愛い」で済ませてしまう。それは何故か、それは犬や猫は人間より下等な生物だから仕方ない、とどこかで理解しているからのはずだ。
どうせ犬や猫は、人間ほど賢くはないのだから、多少の粗相くらいは当然のことだ、と。
だから、私も同じ。
自分より下等な存在である人間が何をしようと―――どんなに無礼を働こうとも、身分不相応な好意を持っても―――私には、関係がない。
彼らは自分より下なのだから、むきになっても意味がない。むしろそれどころか、可愛くすら見えてくる。
だから。
私は、そのような思考で、人間を『愛する』ことにした。
私より下等な生物である人間たちに、見下すでも罵るでも蹂躙するでもなく、『女神』らしく慈悲をかけてあげようと。
どんな愚かで、馬鹿で、差別を受けている人間にも―――人間だけではない、この世に存在する生物全てに平等に―――私は『女神』として、優しく、平和的に接しようと。
たとえ私に憎悪を抱く無礼者がいたとしても―――私を殺さんとする罰当たりな人間がいたとしても―――それすらも、私はおおらかに許容し、許してやろう。
それが、女神の役目であると。
そう、思っていたはずだった。
そう、決めていたはずだった。
―――あいつに、会うまでは。
※
ある日の昼休み
今日も、あの『馬鹿』が―――五月蠅い。
「なあ留衣!聞いてくれよ!実はさあ、今朝すごいこと聞いちゃってさあ!何がすごいって、もう本当にびっくりなんだけど、どのくらいかっていうと昨日俺のクリアし終わったエロゲーで主人公が女装して前作主人公に(性的な意味で)犯されるエンドがあったってことくらいかな!いやマジあれめちゃくちゃ衝撃だったんだぜ!?主人公が普通に可愛いのもあれだし、ヒロインというか俺の大好きな言葉様のCGは少なかったのに何故かそこの部分だけえらく尺が長いっていうね。いやいや確かに可愛い子は好きだけどさすがにホモは・・・・・・いやでも「こんな可愛い子が女の子のはずがない」系なら別にいいのかもしれないけどさあ。
あ、でも安心して留衣、俺は別にホモでも同性愛者でも何でもなくて留衣一筋だから!ああそうそう、一筋といえばこないだの火サスで殺人の動機が「愛する人を殺されたことに対する復讐」って女性がいたけど、それってある意味ヤンデレだよね?一途なのはいいけど三次元のヤンデレはやっぱちょっと怖いと思ってさ、あれそういえば俺って何を話そうと思ってたんだっぐふっ!」
反射的に腹を殴ってしまった。
……大丈夫、誰も見ていない。当たり前よ、見られても困るもの。
クラスメイトには馬鹿が勝手にどこかに腹をぶつけてもだえているように見えることだろう。こんなに華麗に『指導』ができるのも、私だからよね。
愚かな人間には決して出来ない芸当だわ。
「痛い、痛いよ留衣酷いよ、で、でも留衣に踏まれるのも意外に悪くないかもしれない、こ、今度はよければボンテージか何かを着て鞭を持って、「あんたは本当に愚かな雄犬よね」とか言いながら踏んでくれたら俺は喜んでげふうっ!」
昼間からなんという話をしているのだろう。思わず足を踏みつけてしまった。もちろん今度もばれていない。
私でなければ、こんな馬鹿、とっくの昔にこいつの傍から離れている。
……私で卑猥な妄想をするんじゃないわよ、相変わらず失礼な奴ね。
こんなくだらないことしか考えられないから、あんたはいつまでたっても馬鹿なのよ。
もう少し、まっとうな人間にならないと困るじゃない。
この―――『女神』の私の隣にいても恥ずかしくないくらいの『下僕』になるべきだわ。まあ、『蠅』には無理な話かもね。
「在野、今の時間を忘れないようにね」
「昼間だから下ネタは駄目だって!?はん、そんな理屈は俺には通用しないぜ!俺は真昼間だろうと子供の目の前だろうと純粋な女の子の目の前だろうと!自分が話したい時にエロい話をするっ!!!!」
撥ねた茶髪をわずかに揺らして得意げに胸を張る―――ああ、こいつ、馬鹿だ。
何故こんなに得意げなのかしら?理解に苦しむわ。
こいつがわいせつ罪で捕まっていないことが不思議でならない。
「ああ、でも留衣が嫌だったら言ってね!?俺もさすがに嫌がってる女の子に下ネタを強要するほど鬼畜じゃないんだぜ!まあ個人的には留衣が下ネタ嫌がってるのを想像するだけでにやにやしてくるんだけど!」
またこいつは私を勝手に妄想して盛り上がり始めた。
どうしてこの私が、人間の話を嫌がらなければいけないのか。
好きでもない、興味がない。
バード・ウォッチングが趣味でない人間が鳥の声を聞いたところでただ騒がしいと思うだけ―――今の私は、まさしくその心境だった。
ああ、本当に、騒がしい。
「…………はあ」
まだ目の前で何やら話し続けている馬鹿を見て。
思わず、溜息が洩れた。
―――ああ、そうね、私について説明していなかったわ。
いきなりこんな馬鹿が出てきて、何のことか分からないでしょうし。
本来なら人間なんかに自己紹介をする価値もないのだけれど―――私は女神だから特別よ。
特別に、教えておいてあげるわ。
私は都山留衣。
現実世界では高校二年生という肩書きを持つ―――『現代の女神』。
作品名:Loveself プロローグ~女神編~ 作家名:ナナカワ