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遠回りをしよう

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「…」

痛みのせいで目が覚めた。体の右側、腕を中心にした一帯がめちゃくちゃ痛い。指先が跳ねる。そこでようやっと、俺は意識を失うまえに何があったかを思い出した。

「エリオット!」

名を呼ばれ、無事な左腕でなんとか体を起こした俺は声の方を振り向く。どうやらここは俺の部屋だ。そして、ベッドのそばに座っているのは。

「……」

アル。呼びたくて、声に出せなかった。気付いてしまったことから目をそらすのは、難しい。だから俺は笑って誤魔化すことにした。俺は誤魔化せなくても、アルを誤魔化すことは容易い。

「レオンくんは?無事だよな?」

だけどアルは、それに答えることをしなかった。どうやらずっと握ってくれていた俺の掌に力を込め、勢いよく俺を抱き寄せる。空気の塊が、呆気なく俺の口をこぼれた。

「…どうしてあんな無茶をしたんだ!」

俺の頭を抱え込み逃げられないようにして、アルはそうやって低く怒鳴る。こんなふうに怒るアルを見るのは初めてで、俺はどうしたらいいかわからなくて黙って唇を噛んだ。

「なんでお前は…、レオンのことばかり」

右腕から指先まで痺れるような痛みが俺を襲う。同じようにして、左胸がぴりぴりと痛んだ。それから目を背けたくて、触れられたくなくて俺は身を捩る。もう、嫌だ。これ以上アルのそばにはいられない。自分で勝手に分かった手伝うよって言って始まったのに、俺はちっともわかっちゃいなかった。好きになることは、つらい。痛い。やさしくされるのも、苦しい。

「…悪い。ひとりにしてくれ」

やっぱりさっき、助けてくれたのはアルだったんだろう。そういやなんでレオンくんが襲われてたんだ?聞きたいことはあったけどアルと会話をするのもつらくて、だから俺は全部後回しにした。大人げなさすぎる。情けない。

「誰が、二度とひとりになんて…」

自由な左手でアルの胸を押しやると、勢いよくベッドに押し戻された。柔らかな枕に押し付けられる。見上げたアルの顔は見たことないくらい苦痛に歪んでいて、俺はどうすることも出来ずに怯えてアルから視線を逸らす。笑ったらあんなに幼い顔になるのに、いまのアルの顔はいかめしくしかめられているだけだ。

「…離してくれ」

痛みを生む一歩手前、くらいの力を込めて掴まれた左手を軽く振る。だけど自分でも分かる揺れた声の拒絶など受け入れられるはずもなく、逆の手で顎を掴まれると抵抗のしようもなかった。もう自分でもわかる泣きそうな顔で、俺は必死に首を振る。

「アルベルト!」

他人行儀にそう呼べば、目に見えてアルの表情が険しくなった。骨が軋むぎりっという音と一緒に、アルは俺の手を離す。死ぬほど痛い右腕よりも、ずっとずっと胸が痛かった。喉の奥の奥に、えずきたいような痛みが生まれる。

「いいか、エリオット。お前は俺の後宮だ。お前になにかあったら、俺は…」

手の痕がついたに違いない左腕を、俺は目の上に乗せて息を吐いた。触れられることが辛い。辛いことが、つらい。

「もう良いって。お前が跡継ぎをつくらないことなんて、みんなもう分かってるよ」

だけどこのままじゃいられないのもわかってる。俺は大人だ。アルより2つも年上の。だから腕を外し、身体を起こしてそういった。アルがきょとんと目を見張る。とりあえず店に帰ったら兄貴を追い出そう、と思った。

「もういい。お前はちゃんと綺麗な女の子を娶って、子供は作らないにせよちゃんと幸せになるべきだ」
「エリオット、聞け。俺は、」
「正直ちょっと、嬉しかった。それだけ信頼してくれてたんだってさ。だけどごめん、なんかちょっとつらいんだ」

いいたいことだけ言い募って、俺は頭のどこかであとで死ぬほど後悔するってわかってたけど全部終わらせる言葉を吐こうとした。言っちゃダメだって自覚したばかりの感情が叫んでいるけど、俺は大人だからそんなの簡単に無視してしまえる。なかったことにしよう。俺はアルを好きになってしまった。そんな状態で、こんな立ち位置にいることはもう出来ない。

「だから」

もういい。言おうとした言葉は、そのままアルに飲み込まれた。俺の背中に腕を回して引き寄せてアルの手が、俺のおとがいを掴んで固定する。荒々しく重なった唇に悲鳴まで吸い込まれて、俺は目を見開くことしか出来なかった。

薄く開かれたアルの青くて綺麗な瞳が、貫くような鋭さで俺を見つめている。触れられるのが、つらい。つらくて、暖かくて、もうどうしようもなくて俺は目を閉じた。誤魔化し切れなかった諦めの悪い俺が命じるままに、強張った身体から力を抜く。

それを受け止めたアルの腕に身体を預け、俺は空気を求めて頭を振った。理解できない状況と酸欠のせいで回らない頭のまま、何度も左手でアルの背中を引っ張る。

「は、ぁ…」

ようやく離された唇で、俺はなにも口にできないままひたすらに酸素を求めた。浅い呼吸を繰り返す俺に、アルは僅かに表情を崩して額を寄せる。重なった額の熱の感覚は、まるでこの城に初めてやってきたときのようだった。俺の理解力が追いつくよりさきに、俺の髪を指で梳いたアルが目を細めて笑う。見たことのない、笑顔。きれいでやさしいそれに、俺はおもわず言葉を失う。

「好きだ、エリオット。愛している」

伝えられた言葉は、俺に理解できる範囲を明らかに越えていた。だから黙って目をぱちくりさせる。そんな俺にじれたのか、アルの手が再び俺の頬に触れた。今度は触れるだけのキスを、目を見開きっぱなしの俺にする。まばたきをした拍子に両方の目から涙がポロッとこぼれた。

「俺はお前以外に、誰かを後宮に入れる気は少しもない」
「…アル」
「頼むからもう無茶をするな。…こんな目に合わせないように城に連れてきたのに、これじゃなんのために後宮にしたのかわからない」

包帯でぐるぐるの右腕を、労るように優しく撫でられる。アルの腕にも包帯が巻かれていることにようやっと気付いた俺は唖然とした。怪我をしたのか、と聞けば、憮然とした声で掠り傷だと返ってくる。

「…話さないといけないことがある。たくさん」

そういうと、アルは俺にカップに入ったレモン水を差し出す。それを一口飲めば、あれほどわけのわからないくらいヒートアップしていた感情が落ち着いた。それでもまだ下睫毛に涙を引っ掛けたままの俺の額を撫で、アルは俺に話をし始める。俺はぎゅっと左手を握りしめたまま、その言葉を待った。


作品名:遠回りをしよう 作家名:シキ