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睡蓮【すいれん】とジョバンニ

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僕は今、テレビ局のカメラマンの助手をしています。照明や音声など、撮影映像に関わる全般を補助するのが仕事です。

今日は朝から雨だったので、予定されていた取材内容が代わり、雨の日の睡蓮(すいれん)を撮ることになりました。
公園の池に咲く純白の睡蓮は、暗い雨曇を気にもかけずに、無垢な鮮やかさを辺り一面に振り撒いています。
そんな雨の中、カメラを構えたカメラマンさんの側で、レンズに水滴が入り込まないように慎重に傘を立てるのも、僕の仕事です。


艶やかな白が、ピンと張った花びらに押されるように雨の池にたたずむ様子はただただ美しく、これがレンズで拡大されて映像になれば、言葉を捨ててしまいたくなるくらい綺麗に映ることは間違いありません。
ああ、どうして世の中にこんなにも美しい白があるだけで、人は優しい気持ちになれるのだろう。などと睡蓮に見とれていると突然、あのジョバンニが話し掛けてきたのです。

「ねぇねぇ、おいら、おしごと、お手伝いしたいなあ」

これは困りました。ジョバンニは悪い奴ではないのですが、おっちょこちょいな慌てんぼうで、仕事なんてとても任せられません。

「ねぇねぇ、なんなら、おいらが濡れたレンズを拭いてあげるよ。駄目なら、カメラを支えててやるよ」

ああ、優しくて愚かなジョバンニ。このレンズは一つで自動車と同じくらいの金額だし、カメラは僕が五年間ただ働きしたって買えないくらい。おっちょこちょいの君には任せられないよ。

僕はそう考えましたが、口には出せません。なんてったってジョバンニは、全くの親切心で、そう言っているのですから。
努力する者を軽んじるのは、決して許されることではないのです。

そこで僕は思い付きました。

「優しいジョバンニ、では、あそこの山が動かないように、支えていておくれ」

ジョバンニはとても喜んで、向こうの山に走っていきました。この言い付けなら、さすがのジョバンニも失敗しないでしょう。

そうして暫く落ち着いて、傘をさす僕は綺麗な睡蓮に見とれていますと、あのジョバンニがこっちへ戻ってくるではありませんか。

「もう大丈夫だよ、おいらがしっかり押さえておいたから、あの山は動きやしないよ」

僕は慌てましたが、そこは再び機転をきかせて、

「ありがとう、真面目なジョバンニ。そしたら次は、あの大きな樹が逃げ出さないように、見張っていておくれ」

ジョバンニはまた喜んで、樹に向かって走っていきました。

そうして暫く落ち着いて、傘をさす僕はまた綺麗な睡蓮に見とれていますと、再びジョバンニがこっちへ戻ってくるではありませんか。

「もう大丈夫だよ、おいらがよく言い聞かせておいたから、あの樹は逃げ出さないよ」

また僕は慌てましたが、三たび機転を利かせて、

「ありがとう、賢いジョバンニ。では、この雨が間違って下ではなく上に落ちないように、一つ一つに道を教えてあげておくれ」

雨つぶはたくさんありますから、これでジョバンニはしばらくは戻ってこれないでしょう。
ジョバンニはまた喜んで、空に向かって飛んでいきました。

そうしてやっと落ち着いて、傘をさす僕はまた綺麗な睡蓮に見とれていますと、カメラマンさんが撮り終わりを告げました。
撤収の時間です。

僕は機材をかたずけながら、カメラマンさんにばれないようにジョバンニに言いました。

「ジョバンニ、仕事が終わったよ」





帰って来たジョバンニは僕の肩に上り、言いました。

「あぁ、疲れた。お仕事は大変だね。でもおいらが頑張ったから、綺麗な睡蓮がとれたでしょう」そして、気持ち良さそうに笑いました。

僕は、もちろんそうさと言うと、ジョバンニにあとでおいしいお菓子とココアをあげると約束しました。
なんていったって、お仕事とご褒美は、綺麗な池と白い睡蓮みたいに、二つで一つですからね。

雲の切れ間から、新しい光が零れ落ちます。二人のお茶の時間までには、この重たい雨もやむだろうな、と僕は、空を見上げて思ったのでした。