小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夏が

INDEX|1ページ/1ページ|

 
兄は僕より二年早く産まれ、僕が産まれる半年前に死んだ。

「父さんと母さんは今でも、お前も、兄さんも、同じだけ愛しているんだよ」と両親は言った。
だけど、それは僕に死んだ兄の名前を付けた理由にはならない、と僕は思う。

ものごころついた時から、夏が始まるこの時期に、僕は父と一緒に、僕と同じ名前の兄の墓を掃除することになっている。
雑草をむしり、墓石を洗い、線香立てと献花台を雑巾で磨く。
夏の日差しの中で汗をかきながら、その作業は二人で行われる。

「綺麗になったなぁ」と父は笑う。
「そうだね」と僕は言う。濡れた大理石は、夏の太陽を照り返して輝いている。
「手を合わせたら、ちょっと休憩しよう」と父は言うと、軽く合掌して、木陰に歩いて行く。僕はちらりと墓石に視線を送るだけで、父の後についていった。

水筒に入れてある冷えたほうじ茶を飲みながら、じりじり日に焼けていく墓場をぼうっと見つめる。
沢山の、誰かの墓。その中に一つ、僕と同じ名前が刻まれた墓がある。
それは妙なことなのかも知れない。でも、それは僕に特別な感情を与えはしない。僕が産まれたときから、それはここにあったのだ。

「兄さんに、会いたいと思うか」と父は尋ねる。
僕はよくわからないので、黙っていると、父は続ける。「父さんは、会いたい。会って色んな話がしたい。してやれなかった事や、行きたかった所とか。今までの母さんの話とか、お前の元気な様子とか」

父の話を聞き流しながら、僕は黙って墓を見つめる。僕の兄の墓。僕と同じ名前が刻まれた墓。

いつか僕も入る墓。


「ごめんね」
とふいに僕は言った。どうしてだかはわからない。

ただ僕は、許されたかった。





「たくさん愛することは、たくさん失うことだ」と、しばらく黙ったあと、父が言った。きっと、それは僕にではない誰かに向けられていた。

「父さんも母さんも、本当に兄さんを愛していた。だから、本当に私たちは失われてしまった」

僕はやはり何も言わなかった。

【だから、僕にこの名を付けたんですか?僕は産まれながらにして、半分、失われている。あなたたちは僕を呪ったのではないですか?】

僕に何が言えただろう。行き場の無い愛は、まだ僕たちの背後で、生暖かい息を潜めているのに。


また、夏がくる。
僕たち家族には、どうでもいいことなのだけれど。
作品名:夏が 作家名:追試