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終末世界の明くる朝

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世界が終わってしまった翌日、僕たちは地下の倉庫から探してきたろうそくで部屋を照らした。
 マリーはお気に入りのカセット付きラジオのチューナーをさんざん弄ってから、「やっぱり、どこのラジオ局もやってないみたい」と言った。
(そりゃあ、そうだよ。だって昨日で、世界は終わってしまったんだから)と僕は思う。けれどそれを言葉にはしない。マリーは悲しそうな顔をして、
ソファーに座って僕の淹れた紅茶を飲む。「≪ザ・サンシャインズ≫の新譜も、もうこれで聴けなくなっちゃったわけね」とマリーは言う。
 僕は彼女を慰めようと、倉庫から埃をかぶったギターを引っ張り出してきたけれど、楽譜が無いことに気づいて、やっぱりやめてしまった。
 その楽譜は、世界と共に永遠に失われてしまったのだ。

 代わりに僕が曲を作るよ、と僕はマリーに提案してみた。
「嫌よ。あなたはイールーじゃないんだもの。あなたに、彼のような素敵な曲を書けっこない」とマリーは言う。
イールーというのは、≪ザ・サンシャインズ≫のリードギターで、バンドの曲を全て手掛けているキザな男だ。確かに、僕には彼ほどの音楽的才能はない。
「じゃあ、いままでに発売された曲を歌うよ。どれがいい、『渚のスーザ』にしようか」と僕は言う。
「いいから、放っておいて」とマリーは言う。
「じゃあ、『赤と緑』にしようか。あのイントロのギター・スタッカートを、僕は学生のときに習得したんだ」
「いいってば」と、マリーは立ち上がって、寝室へ行ってしまう。
 もうすぐご飯だよ、と僕が言うのも聞かずに、マリーは扉を閉めてしまう。僕はため息を吐いて、部屋の窓から外を覗いてみる。
 窓の外では、終わってしまった世界が消失点のほんのすぐ脇で、砂漠の墓標のようにぽつんと立ち尽くしている。
 もしかしたら世界は、自らの運命の波動が収束してしまったことに、まだ気づいていないのかもしれない。


 僕はキッチンでいちばん大きいナベを焜炉にかけて、晩ごはんのしたくをする。
 終わってしまった世界では朝も夜も存在しないのだけれど、空腹だけは僕のおなかの中に依然として存在している。
きっと、それはマリーにとっても同じことだろう。扉の鍵が開いたときのために、とってもあったかくてやさしい野菜スープを用意しておこう、と僕は思う。

 ―パセリ・クレソン・カムカム・ほうれんそう。……アスパラ・はくさい・しゅんぎく・レタス―

 僕は倉庫にある野菜を手当たり次第にナベに放り込んでいく。

 ―ラディッシュ・かぼちゃ・ピーマン・みつば。……あしたば、キャベツ・いんげん・ケール―

 たくさんの野菜はぐつぐつ煮えてどろどろに溶ける。僕はその上から、ブラックペッパーとビーフコンソメを加える。
 ふたをして、ナベを焦がさないようにときどきかき混ぜる。おいしいスープをつくる秘訣はたったひとつだけ。……火をつけたまま、居眠りをしないこと。


 それから半日経っても、マリーは部屋から出てこなかった。僕はあきらめてスープを半分だけ飲んで、残りを冷凍庫に大切にしまった。
 マリーの部屋の扉をノックしても、まったく返事は無い。
「ねぇ、マリー。風邪でもひいたのかい?おなかは空いていないかい?」と、僕は扉越しに声をかける。
「ねぇ、マリー、入ってもいいかな?君が心配なんだ」と、僕は扉のノブに手をかける。ノブはするりと音も立てずに回転して扉を開ける。鍵は掛かっていない。
 けれど、そこにもうマリーはいない。寝室の窓は開け放たれ、ベッドの上に封筒が置かれてある。僕はそれを手にとって中の手紙を取り出す。
 そこには何も書かれてはいない。ただ白紙の便箋が二枚、入っていただけだ。でも、僕には、マリーが伝えたかったことが痛いほどわかった。

 世界が終わろうと、終わるまいと、彼女にとってみればどうだっていいことなのだ。


 それから半日経って、僕は残りの野菜スープを全部飲み干してしまった。
 マリーがいなくてやることがなかったので、僕は仕方なくまた倉庫からギターを引っ張り出してそれを爪弾いた。
 ギターの音色はどうやっても悲しい音しか出なくて、だんだん嫌気が差してきたころに、マリーの部屋にラジカセが残したままになっていたのを思い出した。
 僕はそれをソファーの前に置くと、新しいカセットテープを差し込んで、録音ボタンを押す。
 マリーはいらないって言ったけれど、≪ザ・サンシャインズ≫の新譜を、僕は即興でテープに吹き込むことに決めた。
 僕にはもちろんイールーのような才能はないけれど、それでも仕方が無い。今ここにあるものだけで、やっていくしかないのだ。



『終末世界の明くる朝 終わってしまった月を 太陽を

 ほほえみはいつも 奏でて そうさ 


 終末世界の明くる夜 終わってしまった星を 銀河を

 ぬくもりはそこに 流れて ほら 


 悲しみという 言葉が 君を 悲しませるなら

 切なさという 響きが 君を 切なくするなら

 ああ この歌を君に 歌ってあげられなくなるね


 ……パセリ・クレソン・カムカム・ほうれんそう
 
 アスパラ・はくさい・しゅんぎく・レタス……


 ……ラディッシュ・かぼちゃ・ピーマン・みつば

 あしたば、キャベツ・いんげん・ケール……』



 僕は終わってしまった世界に見つからないように、少しだけ、ほんの少しだけ、涙を流した。
作品名:終末世界の明くる朝 作家名:追試