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クカとスロのアリッパ

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「ちくしょう、いったいどうなってやがる」と殺し屋はぼやいて、立ち止まる。
「ああ、やっと止まってくれた」
「なんの用だ、このやろう。こっちは尻に火がついてるんだ」と、思わず殺し屋は感情的になって言う。
「いや、実はこの辺りで人を見なかったかどうか、教えていただきたいのです。髪の長い女と、中年の男です。近くを歩いていませんでしたか?」
「そいつらなら、こんな時間にあっちをふらふら歩いてやがったぞ」と、殺し屋はまたさっき歩いて来た道を指差す。
「ああやっぱり。彼ら、何かを持っていませんでしたか」
「クカとスロのアリッパのことか。ああ、何度も聞かされて覚えてしまった。向こうで女が落としたらしく、中身が漏れていたらしいぞ」
「やはり。これはいけない。大変なことになってしまった」と、若い男は青ざめる。「あれは研究中の新型ウィルスなのです。空気に混ざっても無臭で、時間差で死に至り、ワクチンもない。私はこの近くにある病院の医者なのですが、実験中にどこからか情報が漏れ、二人組みの窃盗団に持ち出されたのです。漏れ出していたとは、あなたも感染の疑いがある」
「な、なんだと」と、殺し屋は頭が真っ白になる。なんということだ。クカとスロのアリッパの正体は、新型ウィルスの名称だったとは。どうりで、耳慣れない言葉だと思った。窃盗団であれば、この道をどこからか知って使っていたとしても不思議は無い。
「なにか、なにか解毒の方法は無いのか」と、殺し屋はいまにも泣き出しそうな顔をして医者に尋ねる。そんなわけのわからない名前のウィルスで、死にたくなどない。
「今すぐ、着ている衣服をお脱ぎなさい」と、必死の形相で医者は言う。
「あのウィルスは最初に布や繊維に取り付いて媒介するのです。今ならまだ十分間に合う。病院まで来てくだされば、代わりの服をご用意します」
「いや、代わりの服はけっこう」と、殺し屋はためらわず服を脱ぎ、パンツ一枚になる。もちろん手の中には、約束の品を握り締めたままだ。「私はとにかく急いでいるんだ。このまま行かせてもらう」と、そのままの格好で走って行ってしまう。

 パンツ一枚で走り去っていく男の背中が見えなくなった途端に、医者と名乗った若い男は、堪えきれずに大声で笑ってしまう。
「ははは、上手く騙せたぞ。クカとスロのアリッパなど、有りはしない。わけのわからない単語を連続して刷り込むことで、急いでいる通行人の行動をミスリードする、全部でたらめのドッキリ・カメラ。この先の道には落とし穴があり、生中継のテレビカメラが待ち受けているとも知らずに。あいつ、最初はからかわれたと知って腹を立てるだろうが、なぁに、一ヶ月ほど遊んで暮らせる金を渡せば、誰だって機嫌を良くするのだ。しばらくは有名人気取りで、お礼の手紙を送ってくる奴だっているほどなのだ」
 そうして煙草に火をつけると、若いテレビ演出家は真っ暗な夜道を眺め、ひとりつぶやく。
「こういう道の存在は本来であれば非難されてしかるべきだろうが、我々のような稼業にはありがたい。世の中にはこの道のように、一見はまったくなんの役にも立たないが、誰かにちゃんと必要とされているものもあるのだ。我々の仕事も、いつかは社会に貢献できるようなものになればいいのだが、当分そんなことはありそうにもないな……」
作品名:クカとスロのアリッパ 作家名:追試