あまりにも受動的なその防御
「どこで知ったんですか」
「なんの話？」
「僕のことです」
「君のこと」
「僕が、放課後に、どこで、何をしてるか、っていう」
「ああ、夜遊びのこと」
自分で言いきってしまえるレベルで、僕はどこからどう見ても好青年でしかない容貌をしてる。髪は黒だし、体のどこにも穴は開けてないし、法律を軽んじてこの歳で、酒やたばこに自ら手を出してもいない。
この学校の中のどの生徒と比べても、市内、県内、日本中のどの生徒と比べたって、僕は健全過ぎるほどに健全。性の知識だって保健の教科書レベルなんです。
って、いうフリを、してる。
「どこで聞いたんですか」
「さーあ。どこだったかなあ」
「とぼけてないで教えてください。先生でしょ」
「それよりも、なにか、勘違いしているみたいだけど」
そう言いながら、職員室のちょうど真ん中くらいに位置する席で、腰かけている華奢な回転イスをくるりとまわして僕に向き直りながら、教師が言う。教師。僕の、担任の先生が。
「俺は、外部から情報を聞いて君のことを知ったんじゃない」
「はあ？」
「わかったんだ」
君の顔、いや、目を見ただけで、と、教師が言う。
学校が退屈で、授業が嫌で、勉強ってものが面倒で、ああ、すべてすべてやめてしまって、投げ出して放棄して逃げてしまえばとうっても楽に、なるってことを、僕が、ある日突然気づいてしまったとき。
夜の街に溶け込むようにして、薄暗い路地をかぽ、かぽ、と歩いていると、どうやらここら一帯は、僕が想像しているよりも、一段と不思議な場所らしい、と思い至った。
同年代くらいの少女が連れ立って飲み屋をはしごしていたり、男に声をかけられてびっくりするくらいの軽さでひっついて行ってしまったり、ぽつんと一人で立ちつくし、片頬を腫らしながらほろほろと泣き濡れていたり。
彼女らには同様に、自身への危機感が欠けていた。配慮があまりにも足りなかった。自己の存在がどれほどに、周囲に影響をあたえるか、その種類について深く考えることもしないし、また、それについては諦めているようにも見えた。
一緒に、あそんだら、楽しいかなあ、って。
たったそれだけだった。
「一緒にあそぶのはなあんの問題もない。なあ、朝野」
「はあ」
「時間帯と、方法が間違ってる。だろ」
「はあ」
「返事は、はい、だ」
パンッ、と小気味よく響いた音は、僕の右頬と、教師の左手が最高速度でぶつかりあった結果だった。あつい。いたい。じんじんじん、と熱を生み始めた患部に、僕は防御の意味を込めて手を添える。無意識の防御。もう、攻撃を受けたくないから。
「殴られるのはこんなにも痛い」
ああ、そうだ。
「あそぶのなら、昼間に、子供らしくボールでも蹴ってろ」
やめるきっかけが欲しかった、だけだ。
作品名：あまりにも受動的なその防御 作家名：yueko