よく効く薬
もうずっとだ。
この状況を打破するためにどうすれば良いのだろう。
八方塞がり四面楚歌。
私を取り囲む様々な抑圧。
感情すら遠いみたい。
このまま死ねれば良いのにと幾度と無く思う。
絶望に近い思いを抱きながら帰路に着くこの女は方々ゆかりという名前で、最近社会復帰を果たしたばかりであった。
今までニートでそろそろ貯金が尽きそうだった。
単にお金が入ればどこでも良いやと会社に入ったは良いものの、ミス続きで人からの信用は0である。
周りは女性だらけで陰口が飛び交う。
疑心暗鬼の塊で出来たようなこの女は何をやってもダメでグズで人から冷ややかな視線を送られることが多かった。
まだ3ヶ月しか経っていないけど、もうそろそろ辞めどきなのかも知れないと思っていた。
最近年の離れた同僚にこっぴどく説教されたのである。
しかも説教かどうかすら怪しかった。
もともとその人の言い方は鼻につくものだったが流石に今回はきついものだった。
「方々さんの言い方って、人を傷つけてるよ?知ってた?そういう話し方止めた方が良いよ?
いや方々さんが嫌いで言ってるわけじゃないんだからね?方々さんの為を思って言ってるんだよ?」
じゃあ貴方の言葉で今傷ついてる私はなんなんだろうと頭の片隅で思った。
泣きそうだった。
「私何か間違ったこと言ってる?間違ってるんだったら言って?」
お前の存在自体が間違いだとは流石に言えず、だったら辞めてやろうかという思いのほうが強くなった。
前にもこんなことがあった。
「私会社辞めようかなぁ」
「何でですか?」
「方々さんが嫌いだから」
「じゃあ私が辞めますよ」
「あはは!冗談だよ!冗談だからね」
売り言葉に買い言葉だった。
彼女の目は笑ってなかった。
彼女の実家は宮城で先日の震災で被災した。
私は彼女のご両親をとても心配していた。
無事だと聞いて安心していた自分がバカらしくなった。
きっとご家族の安否確認で疲れているんだろうと自分に言い聞かせつつも、何故私がこんなに当たられなければならないんだろうと思うと辛くて仕方なかった。
実際に私はそんなに酷いことを言ってるのだろうか。
じゃあ何と言えば良かったのか。
しかし何故彼女の望む答えしか言わなければならないのか。
もうそれを考えるのが嫌で堪らなかった。
先輩に愚痴を聞いて欲しくて飲みに誘ってみたが、「愚痴は仕事を早く覚えてから言いな」と暗に言われ途方に暮れた。
その通りである。
ぐうの音も出ない。
唯一話を聞いてくれるかもしれないと期待した先輩ですらこのざまだ。
もう誰も味方ではないのだ。
でも今辞めたらせっかく雇ってくれた会社への恩義に報いることになる。
しかも仕事を教えてくれた人にもこの3ヶ月を水の泡にしてしまうことになる。
逃げ場がないのだ。
どこにもない。
居場所もない。
どうすればいいのだ。
布団に潜ってもPCを開いても眼を閉じても涙が出てくる。
全て私が悪いのだろうか。
だったら私が消えれば全て終わる。
涙を流さなくて済むし、こんな事を考えなくても良い。
そんな事をぐるぐる考えているせいで頭が凄く痛いのだ。
この状況を打開するためにはどうすればいいのか。
そうしてこの女はある事を思いついた。
いや、前から考えていたことである。
最終手段だ。
まずは準備である。
拳銃だ。
ナイフでも良いが、銃の方が良い。
派手だし、最期にはぴったりだろう。
どこで手に入れるべきか。
とりあえずネットの闇サイトを駆けずり回った。
足が付くと悪いので家のPCでは探さず、まだ人物確認を行っていないネットカフェで海外のプロキシで誤魔化しつつ探し回った。
中国のサイトが引っかかった。
日本語でも大丈夫か捨てアドでメールをしてみる。
3日後返事が来た。
片言だが日本語で書いてある。
提携している日本のある店に行けとの事だった。
代金もそこで支払えば良いらしい。
日にちを決めその店に行く。
普通の中華料理屋のようだった。
そこであるメニューを頼むというのが合図らしい。
食べ終わりトイレに行くふりをしてその奥の秘密のレジに向かう。
店の主人であろう男がいた。
「ご馳走様でした。」
「ありがとうございます。今後ともご贔屓にどうぞ。」
「味の秘密を教えていただけますか?」
「いやぁ、タダってわけにはいかないですねぇ。」
「じゃあこれでお願いします。」
封筒を手渡す。
なけなしの30万円を主人に渡すと、中身を確認し、表のレジへ案内された。
ピッピッとレジの音と共にレシートではない小さい紙切れを渡してくれた。
「ありがとうございました。」
主人の声を背に店を出る。
このお店でやる事はここまでだ。
あとは向こうが運んでくれる。
何人も何箇所も回すので時間も経費も掛かるが、今まで足が付いたことが無いのだと自負していた。
改造銃なのは致し方ないが、弾も付いてこの値段ならかなり安いほうだろう。
本当に銃を運んできてくれるのかという不安もあったが、その時はその時だと腹を括っていた。
1週間後、指定された駅のロッカーから紙袋を取り出す。
ズシリと重い。
なかなか良い店だなと今後使うこともないだろう店の評価をする。
ここまで2週間掛かった。
あとは実行に移すだけだ。
その日はあっさりやって来た。
彼女が一人きりになる時間、私は彼女のもとへ向かった。
「これお願いします。」
いつものように書類を渡すふりをして彼女の背中に手袋を付けた手で銃口を突き付ける。
「えっ?何?どうしたの?」
「これ凄くないですか?拳銃みたいなライター、めっちゃかっこいいんですよ。」
見せびらかすようにしてはしゃいでみる。いつものように。
「へー」
興味なさ気にとりあえず銃を取るのを見てから手袋を外す。
どうやら気づいてないようだ。
「撃ってみます?ここ狙ってくださいねーなんて。あ、ちゃんと安全装置外さないと火がつかないようになってるんですってー。凝ってますよねー。」
銃口を私に向けながら安全装置の場所を教え、彼女がそれをカチャリと外す。
これで私と彼女の指紋が銃に付いた。
「しかも引き金がほんとに重いんですよ。リアルっぽくて、一回点けてみます?」
瞬間。ドンっと体に重い衝撃と凄まじい音が響いた。
成功である。
じわじわと来る痛みと喜びで顔が引き攣っているのが自分でもわかる。
彼女は呆けたままである。
私は最期の芝居に入る。
「何で……ライターじゃ……」
血が床に広がっている。服が真っ赤に染まっている。
これで良い。一生拭えない傷を彼女に負わせてやったのだ。
やっと悲鳴を上げる彼女は殺人者になった。
頭痛がスーっと消えて行くのが分かった。