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待ち時間

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いらいらとしたオーラが漂ってくる。不自然じゃない程度に距離を置く俺と、そのオーラを放つ人物の二人しか今、部屋には誰もいない。俺は居心地の悪さを覚えながら、何と言葉をかけたものかとずっと思案し続けている。
「もぉお!」
 勢いよく立ち上がった姿にぎょっとし、俺は慌てて手を浮かす。
「ひ、ひめ!」
 訳あっていきなり世話を仰せつかってから約二時間。遠くて今日まで声をかける機会なんてないに等しかったから、微妙に舌ももつれてしまった呼び方にしかし興味ないように、彼女はキッと俺を見据えた。
「まだなの!?」
 そんなことは当人も充分理解しているはずだ。けれど初対面にも近しい俺にさえ八つ当たりしてしまうほど、彼女はいらだっていた。
「ま、まだです」
「どうして!」
「それは……」
 扉に目線を向けながら続きの言葉を濁した俺に、彼女は焦れたように歩き出した。どこへ向かうのかと思えば、単にうろうろしだしただけのようだ。俺は緊張の糸を充分に解けないまま、そっと嘆息する。
 窓際には小さな花の活けられた花瓶、中央のテーブルには可愛らしいテディベア。今彼女が通り過ぎた本棚には、読み古した本が少し乱雑に詰め込まれている。オルゴールが静かに鳴り響く中、足音も高らかに歩き回る姿を俺はおろおろと目で追うが、お行儀云々はともかく、誰に迷惑をかけるわけでもないので止めることはしないでいた。
 普段からやんちゃというか、気丈に振舞う性格をしていると聞き及んでいる。今日顔を拝見してからずっと観察しているが、その話は本当のようだった。この待ち時間が終わり、彼女の望む時が来たとしても、泣くなんてことは絶対ないだろう。
 彼女は一度、足を止めて扉を凝視した。しかしノブに手をかけたりはせず、数秒後歩みを再開した。彼女の望む時はまだ来ない。
「ミサトさま〜!」
 無事ぐるりと室内を一周し終え、二周目に突入したその時、扉の向こうからやや大きめに女の声が聞こえた。
「!」
 呼ばれた自分の名にハッと顔が上がり、ぴたりと足が止まる。遂に来た、と俺が身構えたと同時。扉へと猛然とダッシュがかかった。
「ちょ、ちょっと!」
 運よく腕を捕らえることに成功。それから丁重に、何より気にしていた扉の向こうへと案内しようとする俺に、
「やっぱり怖いー!」
 いざ望んだ時が来てみれば、彼女は首をぶんぶん振った。
「三郷陽芽さま、どうぞ〜」
 走り出した外への扉がどんどん遠ざかり、内へと繋がる扉が開いてくる。
 その向こうで、マスクから笑顔零れる歯医者さんが、市外より遠路はるばるやって来た院生の俺を保護者に、姪っこ五歳ひめちゃんを歓迎した。
作品名:待ち時間 作家名:斎賀彬子