影
「あなたの影はどこにいったのですか?」
老人は瞼を重そうに持ち上げ、「年をとると薄くなるものです」と答える。
僕は自分の足元を見る。真っ黒。黒より黒い影。僕の影が悪魔のようにのびて、老人を食べてしまいそう。いつか、影と僕が逆転するんじゃないか。なんて思わせるほど影は濃くって、切り離そうと躍起になっても、ああ、無力。もしかしたら、もしかしたら、影が僕なのかもしれない。僕は影で、影は僕。そしたらこの老人は?
「若いうちは影と生きなさい。」
優しい顔でそう言う老人。でも、でも、影にのまれてしまいそう。影を見つめると、表情なんてなくて、こんなに怖がっている、醜い僕の顔もそこにはない。感情もないのかも。それが何より怖い。だから僕は自分の影を殺そうと、形をなくしてやろうと努力する。四方八方に動き回り、もがいて、転げ回ってみる。けれど、踏んづけても、物を投げても、死んでくれそうにない。こいつは僕が死んでも生き続ける。それが悔しい。とても悔しい。
涙を目に溜めて、こぼれないように、ゆっくりと老人の方を向いてみる。老人は眠っていた。1ミリも動かずに。安らかに、その命を終えていた。
僕は下を向く。溜まった涙が影に吸収される。そして僕は光を見る。その光を僕が遮って、僕の影が誕生する。光があって、影があって、初めて僕の存在に気づく。同時に、影を失う怖さに初めて気づく。