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篠原 喧嘩10

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バイオの実験温室は、かなり広い場所だ。危険のない植物が鑑賞できる場所と、新しい技術によって作られたものや毒性があるものなどは、隔離された場所にあって、そちらは関係者しか入れない。だから、観賞用のブースは、誰でも歩けるようになっていた。

 そこを、のんびりと歩きつつ、「そもそもの原因は・・・・」 と、若旦那は思い出す。まず、最初にカチンときたのは、自室のベッドのことだ。ある日、家に帰ったら、それまで、自分の部屋にあったはずのシングルベッドが、階下の物入れになっていた部屋に移動していたのだ。確かに、結婚してからは、妻の部屋で起居していたものの、妻が居ない日や先に寝てしまう日は、自室で休んでいた。

「シアが泊まりに来ることが増えたでしょ? 彼女用の客間を準備したの。」

 妻の言い分は、そういうことだったが、たぶん、それには裏があったのも、若旦那は承知していた。自室のベッドでわざわざ寝なくても、こちらで寝ろという無言の抗議だったからだ。わかってはいたものの、どちらも、それを口にしなかった。口では勝てた験しがない若旦那は、いつものように流そうとしたからだ。

 次に、妻が出張で帰らない日は、奥の畳の部屋に布団を敷いて寝た。何日か続けてそうしていたら、うっかり、万年床状態になって、出張から帰って来た妻に見つかった。

「どうして、部屋で寝ないの? 」

 その言葉にも、なんだか、カチンときた。一応、あそこは妻の部屋だから、独りで入るのは躊躇われるというのが、大きな理由だ。だけど、そのことを告げても、妻にはピンとこないだろうとも思っていた。昔から、妻は、若旦那の具合が悪いと一緒に眠っていたからだ。今更、それを言うのか? と、呆れるだろう。

・・・・・心配されるのはわかるんだけど・・・・・・

 心配されるようなことになっているのは、若旦那だから、それに文句を言うわけにもいかないが、それでも、なんだか、ムカムカした。まるで、自分はペットかなんかで、言われたことを全て大人しく聞いていなければならないのだろうか、と、内心でもやもやとした気分になっていたからだ。それから、妻のやることなすことが、なんだか、ムカムカする原因になってきた。これは、まずいと、若旦那は、実家に逃げた。妻が嫌いになったという単純なことではない。なんせ、若旦那は、女房が傍にいないと具合が悪くなる。精神的に頼り切っている相手だから、その人と喧嘩なんてしたいわけではない。でも、このままだと、爆発しそうで、自分でも怖くなった。離れてしまったら、確実に、自分は立っていられなくなる自覚はある。どうしても、やりたいことがあって、それができるまでは、その人を手元から離したくない。その約束の証として結婚した。それなのに、喧嘩なんかしていいものではない。わかっていて、それでも納得できなくて、妻の顔が見られない。

・・・・・でも・・・・ダメなんだけどな・・・・・・

 そろそろまずいと自分でもわかっている。一週間を過ぎると、自分でもわかるほどに、食欲が失せた。このままだと、数日で熱を出すだろう。

・・・・・なんなんだろう? この気持ち・・・・・・

 もやもやした気分が冷めなくて、これが離れている弊害によるものなのか、カチンときたことに対するものなのか、自分でもわからない。







 原因がよくわからない場合、自分と同等に過去から夫のことを知っている相手に尋ねるという手があったと、その相手と連絡を取った。もちろん、相手は現在、木星周辺にいるので、仕事上の用件を捏造したら、相手は、カラカラと笑っていた。

「そんなヘボ用で、仕事にかこつけて連絡してくるか? 」

「あなた以外にいないんだから、しょうがないでしょ? 」

 自分よりも、長く夫と付き合いがあって、ついでに、同じ種族で、その実の両親とも知り合いで、唯一、夫の深層心理を覗くことのできる相手は、呆れ果てたというポーズに両腕を挙げた。

「別に難しいことじゃないだろ? 反抗期かなんかだ。迎えに行って、雪乃が、『一緒でないと寂しい』って言えば帰ってくるさ。」

「反抗期? 」

「たぶんな。・・・・・いろいろと複雑な生き物なんだし、あれは、一応、自分の考えだって持ってるんだからな。雪乃のやり方を受け入れるだけのペットじゃないってことだ。ちょっとは、あいつの意見も尋ねて行動してやれよ。」

 先手先手と手を打っていく雪乃は、若旦那の意見など聞いていない。今までは、それでもよかったが、夫婦になってまで、それでは、若旦那も納得できないものがあるだろう。そろそろ、自我だってしっかりしてきたはずだ。記憶障害の影響が薄れてくれば、そういう事態になるだろうと、しっかりと加藤は説明した。ここ三年近い時間は、若旦那にとっては、現実を受け入れるためにあった時間だ。個人的なことを後回しにして、先に公人としてするべきことを優先していたから、私的なことなんて気が回らなかったのだ。少し落ち着いて、結婚した事実で、さらに落ち着いて、ようやく、私的な部分を感じるようになったということだ。

「・・・・そうか・・・・」

「忘れてるかもしんないけどさ。あいつ、ようやく、全部の記憶が繋がったばっかりなんだぜ? 」

「そうでした。忘れてたわ。」

「貸しは百だ。その貸しで、シアの世話を頼む。」

 遠くからやってきた加藤の恋人は、ようやく地球の生活にも慣れてはきたが、それでも、なかなか危なっかしいものがある。仕事柄、長期間、離れなければならない加藤にとって心配なのは、そのことだけだ。

「シアは元気よ? 」

「わかってるよ、そんなことはっっ。ああ、たまには、遠征してこいと伝言頼む。」

 はいはい、と、苦笑して通信を切った。加藤の恋人は、こっそり自前の宇宙船で、恋人の顔を拝みに、わざわざ宇宙へ上がるような人なので、それを依頼してきた。半年も離れているのは寂しい。自力で迎えるなら、こっそりと顔を合わせるほうがいい。

・・・・・とりあえず、迎えに行こう・・・・・

 仕事が終わったら、実家に迎えに行こう。理由がわかれば怖いモノはない。やっぱり、雪乃だって原因がわからなくて怖かった。

作品名:篠原 喧嘩10 作家名:篠義