無声の支柱
あいつはただ立っていた。じっと下界を見下ろして、静かにたたずんでいた。俺が話しかけると、ようやく視線をそらして、静かに言った。
「泣けないよ。」
泣けばいいのに、と思った。けれど、あいつには七つ違いの幼い兄弟がいたりとか、両親とも傍にいなかったりとかで、今一番の一家の支えだった。今にも泣きそうな弟や妹たちの前で無様に泣くのは、あいつの矜持が許さないのだろう。
馬鹿だなあと思う。でも、それがあいつのあり方だと知っていたから、俺は何もいってやれなかった。苦しさは皆同じだから、泣いたっていいんだ。とか思っても、実際に言ったらきついにらみを寄越してきて、それからもっとつらくなるに決まってる。
「そうだな。」
だから、緊張を血液に流して立っているあいつに、俺は慰めとかいう類の言葉を、かけてはいけないんだ。俺がするべきなのは、気を紛らわすための言葉をかけるのではなく、もう一本の支えとなることだ。
あいつは何も言わずに立っている。全てが消えてしまった下界を見つめて、たっている。