ローズ・セラヴィ
《 ローズ・セラヴィ 》
「時間だ」
そのつぶやきに、腕に抱いていたぬくもりがニャアと鳴いた。捨てられたちいさな仔猫。
降りしきる雪はスパンコォルのように。街灯の下、プラチナの光を帯びて町をつつみ、まっ白に飾り付けていく。
「まるでシュガーパウダーみたいだね」
そうしたらおまえも餓えることはなかったろうに。
仔猫の薄汚れた長毛皮をひと撫でして放してやる。ストンと軽やかに着地した白い毛玉は、大通りの凍て付く白に混じってその色を消した。そのうちにぬくもりまでも同化するだろう。ペチカを持たない者たちは路頭に迷い、夜会の時間には幾つもの死でデコレィトされたアイスケーキの町のできあがり。
てのひらの中で、急かすようにコチコチと懐中時計が六時を指す。子供の手にはいささか余りある大きさの上等なそれを外套のポケットにしまい込んだ、その足元にはあるはずの影が無い。つぶらな双眸をまたたかせ、天使の微笑みを宿したその顔の造作は神に祝福された愛らしさを持っているのに。その子供のふっくらした頬には、およそ似つかわしいとは思えない血飛沫がべっとりと散っているのだった。
教会の裏手にある潜り戸は、とうに寂れて何の意味もなしてはいない。触れれば、脆く繊細なミルフィユのパイ生地のようにたやすく崩れてしまう。主を失ったわけではない。とぎれがちな讃美歌が聞こえてくる。だが、マーブルの祭壇はあたかも氷点下に晒されたかのごとく冷たく、その上に横たわる彼女はさらに冷たい体温を持って眠りつづけているのだ。コトバを紡ぐことを忘れた薄いくちびるが歌っている。隔絶された教会という硝子ケェスの中で。神に見捨てられたうつくしい聖女の剥製。
コツンコツンと靴音が闇の中に反響する。子供ひとりぶんの体重を乗せた革靴の軋む音。ときおり、踏みつけられたステンドグラスがウェハースのように粉々に砕けていく。そのたびにパラパラと、肉桂のような香がする。
「起きて。マスター」
外套はすでに脱ぎ捨てられていた。クローク・ルームなどなかったし、もともとその子供は礼節など解しない。宵闇のカーテンは天鵞絨。その生地を切り取って仕立てた燕尾服はそれでも、たいそうその子供に似合っていた。
「貴女は僕のものになる」
蝶結びに結んだ真紅の繻子のリボンとおそろいの、真紅の瞳が歓喜に潤む。それは、ゆっくりと砂糖で煮詰めた、熟した苺のジュレのような。あでやかに笑んだ子供はシスターにくちづけた。至極上品に、紳士的なしぐさで、彼女のやわらかな咥内の肉を噛む。シスターのくちびるからこぼれていた旋律が止み、代わりに鮮血が伝う。真紅。混じり合う。ふいに彼女の口がおおきく裂けて、一瞬にして子供は呑み込まれていった。
Baa, baa, black sheep
裏切り者の子羊さん
羊毛はあるかしら?
Yes, sir, yes, sir
Three bags full;
御主人様に一袋
奥様に一袋
だけど もいっこ 道の隅で
死んでる坊やのためのもの
悪魔を孕んだ聖女が歌う。