境界
境界
垂らしたナイロンの糸の先、釣り針に引っかけた一匹の小さな虫。
一寸の虫にも五分の魂、という諺があるが、果たしてこの虫にも魂はあるのだろうか。
魂の定義、心の定義。目に見えない物に定義を与えることの意味。
偽善者ぶりたい大人達は一生懸命生きているのだから殺してはダメだと言う。
ならば一生懸命生きていないものなら殺してもいいのだろうか。
人と猿、犬と猫、海豚と鯨、蝶と蛾、薬と毒、善と悪。
それぞれの境界は脆く、触れようとする風圧だけで砕け散るだろう。
どれも人間側の定義だけで名付けられ、区別されたもの。
差別はダメだと声高に主張する人間ですら、区別は平気で行う。
この世界に存在する全ては人間のエゴと偽善がだらしなく混ざり、固まったもの。
それは人自身とて例外ではない。
もう一度、目の前の釣り針に刺さった虫を見る。
この虫と自分との違いは何なのだろうか。
違いなど存在するのだろうか。
この虫のように自分の首に針を刺せば、同じように臭く汚らしい汁をぶちまけるのだろう。
この世界に境界などない。
生命の前に境界などない。
境界がなければ差別や区別も生まれない。
それでも、境界だらけのこの世界、この地球は今日もいつも通りに回っている。