篠原 喧嘩2
「それでな、うちとしては、ここいらで、変更したいわけだ。」
「はあ、じゃあ、コンセプトを壊さない程度で、お願いします。」
「「え? 」」
「ん? 」
素直な返答に、小田だけでなく、細野までが驚く。いつもなら、「コンセプトがあやふやになるから、ダメ」 とか、言いそうな改良点を、若旦那が頷いたからだ。慌てて、細野が書類の問題点を指し示して確認する。
「えーっと、しのさん、ここですよ? こっちじゃないんですよ? 」
「うん。小田さんに任せる。」
「任せる? おまえ、どっか具合でも悪いんじゃないのか? 」
もちろん、小田だって、却下されるとわかっていての提案だったから、了承されてしまっては意味がないのだ。却下されて、では、どちらもが、納得のいくところはないのか? という議論に持ち込むつもりだったからだ。
「具合は悪くないです。やる気はないけど。」
「はあ? 」
ぐてぇーと、若旦那は肩肘ついている。なんだか、不機嫌であることは、小田にもわかってきた。どうやら、何事かあって、機嫌が非常に悪いらしい。
「また、局長か人事部長からイヤミでも食らったのか? 」
ま、この若旦那が、機嫌を損ねるとしたら、そういうものが多い。
「いいえ、今、イヤミを言われたら、凶状持ちになりそうです。」
「おいおい、若旦那。そういう橘の真似はやめろ。似合わないし、怖いから。」
若旦那の所属する部署の責任者は、気が短く、手が早い。うっかりしたことを言うと、確実に殴られる。過去、局長も人事部長も殴るまではいたっていないが、暴言は数え切れないほど橘から聞いているだろう。部署内の篠原たちは、暴力に日々晒されていると言っても過言ではない。その真似を、まともで真っ正直と言われている若旦那がやったなら、確実に、全員が退く。いや、おそらく局長辺りは、泣きが入るだろう。
「いや、たまには、いいかと思うんですよ。ここんとこ、言われすぎだし、それも、僕にではなくて、りんさんや細野たちにぶつけてるみたいですからね。」
「あらあら、原因はそれか? 」
不機嫌の理由が、そこにあったのかと、小田は思ったのだが、細野が横手で手を振っている。
「あの・・・・それは、江河さんが・・・・・すでに・・・・」
報復攻撃はなされた後であるらしい。では、この若旦那の不機嫌の原因は? と、視線で尋ねても、細野は首を横に振るばかりだ。
「細野、若旦那の意図するものは、頭に入ってるな? 」
「はい。」
「じゃあ、これは、使い物にならないから返品させてもらおう。責任者として、ジョンを呼んでくれ。」
これ、とは、ぶすくれている若旦那のことだ。こんな調子で、打ち合わせに出られたら、設計課のものは、退くだろう。なんせ、日ごろは、穏やかで優しいという評判の人だからだ。
「西野ですか? 本日は、予定が入ってて・・・・江河ではダメですか? 」
「若旦那以外なら、誰でもいい。こんな危険なのはダメ。」
「失礼だなあー小田さん。」
「プリン食べるか? 若旦那。なんなら、ケーキでもいいぞ。それで機嫌直して仕事してくれんなら、なんでも奢ってやる。」
「じゃあ、プリン・・・・・それから、さっきのは却下です。コンセプトがぼやけてしまうような改良は改良じゃない。直接的に、その効果を狙うから、そうなるんです。間接的に、その効果を狙う手法を披露してほしいですね。」
ぶすっとはしているが、仕事はする気になったらしい。ついつい、小田が、いつもの癖で子供扱いしたので、余計に機嫌は悪くなったが、仕事についてのプロ意識は戻ったので、プラマイゼロというところだ。
「おおっ、そうこなくっちゃな。細野、プリンでもババロアでも、とりあえず、こいつの食いそうな甘い物を運んで来い。」
自分のIDカード゛細野に渡して命じる。別に不機嫌でも小田は気にしない。ようは、やる気さえあればいい。