no more pain
全身迷彩の機関銃しょった死神どもが列になって行進してる。
瓦礫の密林と化したおれたちの街を、奴らは当然のように踏みならしていく。それが勝者の権利だとでも言うのか? 横合いからピストルの弾丸をぶち込んで殺してやりたい。
砕けた屋根、空が見えないほどに住居が密集したこの路地を、奴らはコンクリ片と粉塵を蹴り分け無言で進む。
真昼だってのに墓地みたいに静かだ――それもそうだろう、一帯を覆う緊張感は、あいつらにだって分かるはずだ。家を壊され家族を撃ち殺された住人たちが、いますぐにでも復讐してやろうとあちこちから覗き見ている。
視線視線視線、怯えた小動物のような、けれど敵意に満ちた無数の視線に見られながら行進《パレード》は進む。
この街が戦場に選ばれたのは昨日のことだ。戦争とは名ばかりの一方的な破壊活動の果てに、テロリストと化した軍人共は俺たちの故郷を駐屯地に使うと言い出しやがった。
耐えられるか? ある日突然、近所に機関銃引っさげた外人がやってきて、俺たちの思い出の場所を、家を、そして平穏な日々を破壊し尽くした挙句に基地に使うと言い出すのだ。
出て行け。
出て行け。
出て行け。
誰かが声を潜めて毒づいている――みんな同じ思いだ。あっちでナイフを握ってる少年も、そっちの夫を殺された女も同じ。反吐が出る。きっときっかけひとつでこの場所は暴動の現場へと成り代わるだろう。
望むところだ。そうなれば俺も、この右手のピストルをぶち込んでやれるってもんだから。
みんな廃墟の陰から見てる。
何人死ぬかは分からない――だが、何人死んだってもう知ったことじゃない。問題は何人殺せるかだ。どれだけ奴らに痛手をくれてやれるかが全てなのだ。
兵隊の行進はもうじき路地を抜け大通りに出る。
強姦され収容所に囚われ、リンチを食らわされて死んだ妹の顔が過ぎる。大人しいやつだった。子供の頃は涙目になりながら服を掴んで放そうとしなかった。無口だが愛情深くて、話せば分かってくれるいい女に育った。
それが――奴らに強姦され収容所に囚われ、リンチを食らわされて殺された。
無残な血まみれ死体にされた。
話すことさえ許されずに。一方的に死ぬまで殴られた挙句にライフルの試し撃ちの的にされたのだ。
頭が爆発しそうになる。いつもこうだ、妹のことを考えると絶叫して眼の前にあるものを壊さないと収まりがつかない。
崩れた家の中を素早く移動し、路地の出口側に回る。途中で友人が止めようと割って入ってきたが殴り倒した。あんなに飲み交わした友人がいまは悪魔の使いにも思えたのだ。
――誰にも邪魔はさせない。
右手に握った拳銃の重みだけが正義だ。ぞくぞくする。ドアを蹴り開け、外に飛び出した。
遠くに奴らがいる。変わらずのんきに行進してる。無数の機関銃が目に入るが、構わず撃ち殺してやろうとした。
だがその時、兵隊の誰かが声を上げた。
気付かれたのかと思ったが、違った。大通りの隅に座り込んで膝を抱えている少女がいたのだ。
顔を伏せ震えてる。何やってる、早く逃げろバカ。みんな固くドアを閉ざして静かにしてるってのに。
兵隊の何人かが不愉快そうに寄っていく。ストリートの隅で蹴り倒される気の弱そうな少年が浮かんだ。少女を少年に例えるのなら、奴らは蹴り倒すストリートギャング側。周囲を兵隊に囲われて、けれど少女はずっと顔を伏せ震え続けているだけだった。
兵隊たちが揶揄するような声を上げる。何言ってるのかは分からない。ただ、少女の腕に刻まれた血文字は俺にも読めた。
きっとナイフで、自分で刻みつけたのだろう。ああやって膝を抱えていれば、腕の文字が嫌でも眼に入るのだ。
男が蹴りを入れる。ブーツのつま先で少女の靴を蹴る。それでも少女は動かない。ただじっと耐えるように顔を伏せ、きっといまにも逃げ出したいだろうに、切実にその一文を主張し続けているだけだったのだ。
――――"no more pain".
髪を捕まれ顔を上げさせられる。目から大粒の涙を零して少女は、激昂する死神たちを見上げていた。
引き金の指に力が籠る。
気が付けば俺は走り出し、ピストルを構えて絶叫していた。いままで生きてきた中で一度も上げたことがないような声だった。
作品名:no more pain 作家名:廃道