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ワールドイズマインのころ

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ハノン




嗅ぎ慣れない、だけどもそれは間違いなく学校世界の特有するにおいで、ふと俺はいま始まるばかりの時間のなかにいるのだと足を止めずに思った。
放課後の特別教室棟はいろんな音といろんな気配に満ちていて、それでも俺はひとりで音楽室を探さなければいけなかった。音楽室を探さなければいけなかった。
入学したてのうす青い春の日だった。

今から考えるとなぜ自分以外の人間が誰ひとりとして気が付かなかったのか不思議でしょうがないのだけど、四十あまりの好奇心にうわついた男女がひしめく教室のなかで、確かにそれは自分ひとりの身に起こった出来事だった。
帰りのホームルームをうわのそらで過ごして、あくびをかみ殺しながらプリントだのをかばんに詰めていた俺の鼻先を、何か固くて軽いものがかすめて落ちた。
はずみ息をのんで、机の上に着地したそれをたっぷり二十秒は観察したと思う。
恐る恐る顔を近づけて見た限りでは、それは小さく折りたたんだ水色の模造紙の切れ端だった。
セロハンテープがハネのようにひっついていて、どうやらそれは天井に「落ちることを期待して」貼り付けられていたらしかった。
俺はすぐに、「こないだまで一年生でこの教室のこのあたりに座っていた現二年生」の仕業だなと直感した。

「……ハノン、」

カッターの刃先とかへんな葉っぱとか出てきたら嫌だな、と思いながら怖々ひらいたそれには、やけに丁寧な、でも男子のものとも女子のものともつかない無表情な字で、ハノン、とだけ書かれていた。
なんだっけハノンって。

なんとなく聞き覚えのあるその言葉の正体を思い出すより先に、俺は妙な確信をもって、音楽室に行かなくては、と思った。
音楽室にはまだ一度しか足を踏み入れたことがない、それくらい覚束ない時期だった。