ワールドイズマインのころ
ばらは二度咲く
「秋に三日の晴れはなし！」
「それって春じゃないっけ」
「女ごころと秋の空！」
「それも元来は男なんだよね」
「えええ……俺すっごい勘違いまくってる」
「いや、でも言うし。両方」
携帯で時間を確認したら、暮れはじめた陽のいろと噛み合わなくて少し混乱した。
なんか今年夏おわるの早かったよね。
確認するように問えば、一歩先ゆく君の小さなうしろ頭が、しっかりと頷いた。ように見えた。
ほそいうなじがよく見えないのはのびた襟足のせいもあるけれど、何よりも秋のせいだ。
悪魔的に硬派なつめ襟は、君のすばらしい曲線をすっかり覆い隠してしまった。
そればかりか、それはまるで夕方の来るのが早くなるみたいに、最近の学校のなかはどんどんどんどんどんよりと暗くなる。
冬服のスラックスはびっくりするくらい重くて、やっぱりびっくりした。
そういえば夏服のスラックスが軽かったときもびっくりした。
そういえば毎年びっくりしていた。
春先に恥ずかしいことをした桜の木の下には、もはや完璧に掃除することを諦められた落ち葉たちが堆く積まれている。
あのときも冬服だったこと、あのあと僕たちはそれを脱いだことを思い出す。
本当に、今年の夏ときたらまったくどんな速さで過ぎてしまったのだろう。
「あ、狂い咲きだ」
「え」
「さくら」
どちらともなく立ち止まった桜の木の下で、僕はやましい考えをめぐらせて、君はうつくしいものを見つけた。
桜の枝はほとんどはだかになってしまっていたけれど、君の指さす先にふたつみつ大きくなったつぼみを見つける。
目をこらすと、別の枝には完全に咲ききってしまった花がひとつあるのが見えた。
「わ！ なにこれ、なんで？」
「勘違いしてんだよ、似てるから」
「え、何と」
「春と」
「えー。俺みたい」
「……もも、ばら科だもんね」
「あ、そうでした。ばらも狂い咲きすんの？」
「いや、そもそも最近のばらはだいたい四季咲きだから。原種に近いのは春しか咲かないけど」
「へえー」
「返り咲くやつは秋のほうが花が小さかったりするんだよね」
「へえー」
「でも秋のほうが色は濃い。……においも、」
「……へえ、」
今、何かを言いたいんじゃなかった？
無言に照れたのか、早足に校門へと踏み出したせなかを追い掛ける。
硬派なつめ襟が悪魔的にすばらしい君の曲線をすっかり覆い隠している。
「あの、時に若松くん」
「何」
「僕、まだ君の口から大事なことを聞いてないと思うんだけども」
「ああ？ 何、」
「何ってそんな、」
「……うん、そうだね、」
振り返らずに君は言う。
「俺は秋のばらのほうが好きだな」
「だあ、もう！ ずるいよね！」
「ふふ、」
君は振り返らないけれど、ねえ今、ひとつ気付いたことがある。
振り返らない君の笑顔を僕は簡単に、しかも詳細に、想像することができる。
君の笑顔をよく知っている。
たしかに、夏を過ごしたんだ僕たちは。
強く風がふいて、さくらの枝をゆすった。
君は振り返らずに、好きだから、と言った。
作品名：ワールドイズマインのころ 作家名：むくお