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小さな鍵と記憶の言葉

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Epilogue



「――ということで、今日が新部長候補のエントリー最終日です。希望する人でまだの人はちゃんと部活終了までに顧問に伝えてください。予備期間と正式決定は来週以降で……」

 土曜日の朝。部活開始のミーティングで、部員達は一斉に色めき立っていた。そわそわとお喋りを交わすのは投票側の部員で、立候補側の人間は別の意味で落ち着かない。
 結局のところ、部長に立候補する人間は今のところいないようだった。エントリーしているのはいずれも推薦。私を慕ってくれる後輩達は口々に『推薦しておきました!』『がんばってください!』なんて満面の笑みを浮かべるけれど、それだってそもそも決定事項ではないのだから、気の早い話ではある。

 ミーティングが散会して、パートごとの練習に入る。私達はいつものように非常階段へ、音楽室に残るのは移動の困難なパーカッションと、ベランダには金管楽器のメンバーの姿が見える。

「七瀬さん」

 足早に廊下を歩いていく後姿に、私は慌てては走り寄った。しゃきっとした背筋が音もなく振り向く。つり目がちの瞳と綺麗な長い髪。左手には彼女のパートのサックスがしっかりと握られていた。

「なに?」

 真剣な眼差しが私の次の言葉を待った。いつだって真っ直ぐなことしか言わないから、ほとんど彼女を知らない人なら、何か悪いことをしたかと誤解するかもしれない。
 でも、私達部員はちゃんと分かってる。努力家で妥協を許さない頑張り屋さん。だから私だって、誤魔化さずに彼女に伝える。

「あのね」
 ふっと呼吸を整えて、七瀬さんをちゃんと見詰め返す。

「私、部長になりたい。他人にどう言われたって構わない。まだ頼り甲斐がなくたって、決断力がなくたって。それでも私は決めるの。絶対後悔しないように」

 一気に口にしてから、自分がスカートの裾を握り締めているのに気がついた。
 やっぱり少しは緊張しているのかもしれない。この一歩が正しいのか、自分が満足に歩ける道なのか、まだ見通しは立たなくても、あの日の私とは違う。少しくらい広いお城で迷子になったって、私には白兎がついている。

「だから、これからも見捨てないでいてくれると嬉しいな、なんて」
 笑顔を浮かべてみる。その瞳の強さに変化は見られない。彼女は数秒ほど真っ直ぐ私の目を見たまま何かを思案して、それからやっと小首を傾げた。
「そう」
 呼吸に紛れてしまうような、溜息に似た短い声。うん、と、釣られるように首を縦に振って、もう一度自分の決意を確認した。
 やがて興味を失ったように外される目線。サックスを抱えなおして、くるりと背中を向けてしまう。
 不安になったのは一瞬、すぐに、七瀬さんの呟きのような返事が耳に届いた。

「そういう貴女は、悪くないわ」


 穏やかに聞こえたその声を追いかけて、私は彼女の隣に並んだ。
 きっと私達は、これからもお互い良き仲間で、良きライバルになる、そんな気がしていた。
 サッシ窓の外に広がるのは吸い込まれそうな青空。すっかり秋色に染まった日常の中で、私達が放課後そろってミルクティを飲む日も遠くないのかもしれない。

 指定鞄に下げた金色の小さな鍵が、きらり太陽を反射する。風に紛れるのは淡い薔薇の香り。
 カチ、コチ、カチ、コチ。
 足早な高校生活という時間を、今日も絶え間なく時計が記してくれる。




                              End.

                 小さな鍵と、永遠の誓い。
                 A Little lock,and Endless words.