旅 ~気ままに海を眺めながら~
平日の昼下がりの静岡行きには、そんなに乗車客はいないので、ゆっくりと気分で電車に乗れる。
電車は海沿いを走るが、途中、箱根の山を越えたりするので、海や山といった変化に富んだ風景が楽しめる。
時には、何も考えず、ぼんやりとただ過ぎる風景を楽しむのもいい。忙しい合間にそういった時間がないと、張り詰めた糸がふいに切れるように、ひとの精神も突然に切れてしまいかねない。一張一弛である。身も心もゆっくりと……。
海はいい。幼い頃からずっと海をみるのが好きだった。が、なぜそうなのか? そんなことは考えたことはあまりなかったが、ぼんやりと海を観ていて、ふと、そう思った。海は大きいから。青いから。ひとがいないから……問い詰めても容易に答えがでそうもないので、途中で止めてしまった。どうでもいいことなので、特に気にはならない。
横浜から沼津までの往復。旅と呼ぶにはあまりにも短いが、それでも海や山を久しぶりに眺めることができたので、少しばかりリラックスすることができた。
帰りの電車を乗る頃には、もう日は沈んでいた。電車の窓から見える海は、そのはるかかなたでは海と空の境界が定かではなかった。
電車はゆっくりと心地の良い速度で進む。ありとあらゆるものには必ず適度というものがある。何でもかんでも早ければよいというのは阿呆である。
電車が進むにつれて、夜が深まり、街の灯火が増えてきた。夕暮れ時になると、胸のしめつけられるような悲しみを覚えると言ったのは、確かドストエフスキーではなかったか。
作品名:旅 ~気ままに海を眺めながら~ 作家名:楡井英夫