タイトル未定
―プロローグ―
夕焼けがグラウンドを茜色に染めていた。
翔はいつものように、誰もいない日曜の夕方、この小学校のグラウンドで練習をしていた。いつもの位置にボールを置き、誰もいないゴールと対峙する。七年前のあの日、暑いスタジアムで観た、完璧な軌道を再現するために。
~・~・~・~
ここ十年、類を見ない猛暑にさらされた夏の日。そんな夏の暑い日差しに負けんばかりの熱気が、そのスタジアムには溢れていた。緑色のピッチを駆け抜ける、その選手の一挙手一投足を、敵味方両サポーターも固唾をのんで見守る。ディフェンダーを翻弄するフェイント、最終ラインを切り裂くパス、キーパーを嘲笑うようなシュート・・・その全てが、藤沢巧、日本代表の十番を背負う彼の左足から放たれていた。
「とぉーちぁーん!頑張れー!」
翔は、父、巧のプレーに目を輝かせていた。翔にとっては、初めて生で見る父の試合。勝てばリーグ優勝が決まる大事な一戦だった。
電光掲示板の時計は後半四十五分を指し、試合はロスタイムに入っていた。スコアは一対一。両チーム足の止まる選手が目立つ中、巧は懸命にゴールを目指していた。
そして手に入れた、おそらくこの試合最後になるであろうチャンス。ゴール前やや右。約二十五メートルからの直接フリーキック。ボールをセットしたのは巧だった。審判のホイッスルが聞こえないほどの、敵サポーターからのブーイング。しかしそれすら耳に入らないほど、巧は集中していた。そして・・・
~・~・~・~
「ふう」
翔が一息つく。気がつけばあたりは暗くなり始めていた。
「最後に一本」
そういって翔が蹴ったボールは、ファーポストのトップコーナーのわずかに上をかすめて行った。
「あー、くそっ」
七年前のあの日。父が見せたフリーキックは、翔にある決断をさせる。いつの日か必ず、あのピッチの上でプレーしてみせる。そしてあのフリーキックを再現してみせると。
その決断から月日は流れ、翔は明日から高校生になる。しかし、どうしても父のようなフリーキックが蹴れずにいた。
「今日はもう帰るかな」
丁寧にクールダウンをした後、自転車に乗って家路に就く。
帰り道、城ヶ崎高校の前で自転車を止める。明日から、翔はこの学校に通う。校門へと続く桜の並木道は月光に照らされ、なにか淋しささえ覚えるような、幻想的な風景だった。
「城ヶ崎高校、か・・・」
その風景に目を奪われていると、ポケットの中の携帯が鳴った。
携帯と開く。画面には、『母ちゃん』と表示されていた。
「翔―?今どこにいるの?ご飯になるから早く帰って来なさいよ」
「あぁ、今向かってるとこだよ」
そう言って電話を切る。並木道に視線を戻すと、月が雲に隠れたせいか、さっきとは全く違う風景がそこにはあった。
「いよいよ明日からか」
期待に胸を膨らませ、再び自転車をこぎ始めた。
作品名:タイトル未定 作家名:(*・L・*) ya.