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リストラー女の友情ー

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『リストラ 女の友情』

 そこはありふれた海辺の町。冬になると海は大荒れとなる。ハナの家は海に近くあったので、冬ともなれば、海から強い風が狂ったように凄まじい音を立てて吹き寄せる。ハナはその風の音が嫌いだった。それでも、ハナはその家から離れずにずっと暮らしている。
父親が死んでから、母と二人暮らしだった。
 ハナの夢は、この町で結婚し子供を作り老いていくことであった。が、何度か恋をしたが、いろんな理由があって、結婚に踏み切ることがなかった。
「早く結婚しなさい」といつも口癖のように言っていた母親もずっと前に言わなくなった。そんな母親も、教師を辞めてから急に老けた。
ある日、ちょっとした行動がいつもと違っていることに気づいた。
「おかしいよ」とハナ言うと、母は「ちょっと思い違いをしただけ」と笑ってとりつくろった。そんなことが何度も重なり、認知症のなるのではないかと心配していた矢先、脳梗塞で倒れ帰らぬ人になった。
母が亡くなってから、ハナは独りぼっちとなった。独りで生きていくには、十分な資産があった。おそらく遊んで生きていけるだけの資産はあった。しかし、ハナは会社勤めをしていた。これといってやりたいことがあけでもなかったので、会社を辞め自由気ままな生活に踏み切れなった。その先の人生が描けなかったのである。

 ハナと同じ職場にユキがいた。一つ年下で、ハナとは幼馴染だった。ときどき一緒に食事をする間柄だった。
 母が死んで半年後の初秋の夜、一緒に食事をしているときだった。
 ユキが「死ぬまで働きたいね」と言った。
「そんなに長くのは、今の時代は無理よ。特にうちのような会社はね。経営が厳しいもの。でも後、五年くらいは働いていたいね」とハナが笑った。
「たった五年、私は最低でも十五年」とユキは言った。
「ねえ、今度、一緒に旅行しない?」と言ったのはユキの方だった。

 紅葉の旅に一緒に出かけた。
 数年前からユキの物忘れがひどくなっていることに気づいていた。
 バスの中で「つい最近、本社からきた部長の名前を何て言った?」と真顔で言ったのには、ハナも驚いた。どこか、亡くなる数年前の母を彷彿させた。
「アキカワ部長よ。あなた、大丈夫?」とハナは言った。
ユキは何か思いつめたように押し黙ったかと思うと、ゆっくりと「大丈夫じゃない」と言った。
「最近、物忘れがひどいの。そのせいか、ちょっとしたミスを目立つようになった。まだまだ働かないといけない。娘はまだ高校生し、ちゃんと大学までいかせてあげたい」と口ごもった。

 北風の吹く十二月。煌びやかな街のショーウィンドウーを二人並んで歩いた。
「もう時期、クリスマスね」
「今年、何をお願いするの?」
「もう神様にお願いしたい歳ではないよ」
「私は神様にお願いしたい。だって、ずっと良いことがなかったもの。亭主には死なれ、娘は事故で脚が不自由になった。私はいつリストラされるかもしれない」とユキは立ち止まって、道の真ん中だというのに、泣き出した。声を出して泣くもので、道行く人は怪訝そう見て行く。
ハナは、「泣かないで、きっといいことはあるよ」と抱きしめた。
「でもね、この前、課長さんが来て、会社も苦しいし、ミスも多いから会社を辞めてもらうかもしれないと言うの。」
 ハナははっと思った。旅行のとき、彼女が口籠ったことを思い出した。このことを言いたかったのかとも。
 一名くらいリストラさせないといけないと噂はハナも知っていた。
「あなたがクビになるなら、代わりに私がなってあげる」
「本当!」
「お願いしていい…い…生きていけないの」と泣きながら手を取った。
「だから、もう泣かないで。実を言うと、もうずっと前から会社を辞めて何か別の道を探そうと思っていただけなの」
 ユキは嬉しいそうにうなずいた。
誰もが老いていく。誰もが死んでいく。その前に少しずつどこかがおかしくなる。母の死を看取った医師が脳を解剖して、「きっと自覚症状なしに、細かい脳細胞の血管が自覚症状なしに切れていったのだろう」と言った言葉を思い出した。
昔のユキは滅多に感情を露にしなかった。どこか凛とした意思の強さがあった。それが少しずつではあるが崩れていっている。ハナは、この不幸続きのユキを最後まで一緒に近くにいようと心に決めた。
「そんなに強く握らないで」とユキに言われて我に返った。
「あなたも泣き虫ね」
 気づけばハナはユキよりも大粒の涙をこぼしていた。



作品名:リストラー女の友情ー 作家名:楡井英夫