夕焼け列車
近所の人や友達に別れは言ったし、もう諦めもついた。
父さんの仕事の都合なんだから仕方ないしな。
窓から見えるのはいつも友達と遊んでいた土手。
そこを見てるとなんだか記憶が蘇って来る気がする。
でもなんだか悲しくなってきそうだからやめた。
ちょっと外の風でも浴びよう。
僕は隣に座る両親に断ると窓を開けた。
外の風が入って来て涼しい。
その直後列車がガタンと揺れ衝撃で僕は座席に倒れてしまう。
「列車が発車します」
車掌のアナウンスが聞こえた。
列車が動き出したのだ。
僕は体制を整えると再び外を見た。
懐かしい景色が過ぎて行く。
よく買い物に行ったスーパー、よく遊んだ公園、そして友達の家。
「最後になるんだからよく見ておけよ」
父さんが言った。
言われなくても分かってるよ。
そう言うと僕は景色の観察を続けた。
その時どこからか懐かしい声が。
この声は―。
「おーい渉!」
間違いない、賢治だ。
賢治―僕の大事な親友。
賢治と僕は幼稚園の頃から一緒だった。
一緒に小学校を卒業して中学だって同じところに行くはずだったのに……まさかこんな別れが来るとは思っていなかった。
しかしなんで……もう列車は出発しているのに。
窓から顔を出して声のした方向を見る。
「賢治―」
まさか……賢治が自転車に乗って列車を―いや僕を追い駆けている。
「渉ー!達者でなー!」
僕が顔を出したのに気付くと賢治はこちらに向けて手を振って来た。
しかしつい両手を離しそうになりバランスを崩す。
そんなドジなところが賢治らしくてなんだか笑ってしまった。
「お前こそドジなんだから気をつけろよ!」
「お前ほどじゃねーよ!」
僕と賢治は笑い合う。
これが僕と賢治の最後の―。
そう思うと涙が出てきてしまった。
「お前何泣いてんだよ」
賢治がニヤニヤと笑いながら言う。
「うるせー。泣いてねーよ。別に泣いてなんか……」
でも涙を抑えることは出来ない。
「けっ、素直じゃねーの」
賢治の表情はなんだか疲れているようだ。
自転車のスピードもだんだんと落ちてきている。
だから必然的に少しずつ距離が広がっていく……。
それもそうだもう電車は大分距離のある隣町まで来たのだから。
賢治の姿が点になったと思った瞬間、再び賢治は自転車を漕いで距離を縮めてくる。
「賢治!無理するなよ」
「へへっ。これしきの事で俺様がヘコたれるとでも思ったか。それよりお前に渡すもんがあってよ」
そう言うとポケットから何かを取り出してこちらに投げてきた。
それをキャッチして僕はようやくそれがガチャガチャのケースだということに気付いた。
中に丸めた紙が押し込まれている。
「開けてみろよ!驚くぜ!」
そう言われたので開けてみる。
中から出てきた紙はクシャクシャだったので、押し込むのに苦労したことが分かった。
それほど大きな紙なのだ。
それを広げる。
そこに書かれた言葉を見た瞬間僕の目からは涙があふれてきた。
「へへっ。また泣いてやんの」
そこで賢治はバランスを崩して転んでしまった。
あっと言おうとした瞬間賢治はすぐに起き上がった。
そして土塗れになった姿で言った。
「俺達はずっと友達だからな!」
「当たり前だろ!ずっとずっと親友だ!」
「また会おうな!」
「うん!」
「約束だからな!」
だんだん賢治の姿が遠くなっていく。
そして徐々にその声も聞こえなくなっていく。
それでも賢治はこちらに手を振り続ける。
だから僕も賢治に手を振り続ける。
僕の脳裏に紙にかかれた言葉の数々が浮かぶ。
それはクラスメート達からの別れの言葉だった。
それぞれの言葉が書かれたその紙の中央に大きく書いてあったのはあまりにも単純な言葉だった。
―ずっと友達だよ!転校しても元気でね!5年3組一同―。