冬空に春を見る
そうなったら確実に、会う機会は一年の中で数えるほどでしかなくなる。いつかは来ると思っていた事態が目の前に迫っている現実に今さら気づいて、胸が締めつけられる心地がした。……寂しくてせつなくて、痛い。
いきなり湧き上がってあふれそうになった涙を、くしゃみでとっさにごまかした。非常にわざとらしいと自分では思ったが柊は気づかなかったようで、「あ、悪い。寒いよな」とやや焦った口調で応えた。
「自転車、キー付いてる?」
「付いてるけど、……何してんの」
サドルの高さを調整し始めた柊の行動に、今度はこちらが焦る。
「ん、あ、早く帰った方がいいと思って。ほら乗れよ」
と言う当人はサドルにまたがっている。この状況で乗れと言われたら後ろの荷台しかないことは判断がつく、が。
「あんたバカ? 二人乗りなんか危なくてできるわけ」
「固いこと言うなよ、今は非常時だからいいだろ。もし警察とかに見つかったら、おれが怒られてやるから」
その言い方には何のてらいも気負いもなくて。だからこそ彼が、自分をただの幼なじみとしてしか見ていないことがわかって、先ほどとは違う意味で少し胸が痛む。
……全然気づかない鈍感野郎なのにあきらめてしまえないのは、時々こんなふうに示される優しさのせいなのか。 嫌になるのに、嫌いになれない。
睨んでみても、当然ながら真意に気づくはずもなく、柊は変わらぬ表情を向けたままで自分の行動を待っている。観念して足を踏み出し、荷台に横向きに腰掛けた。
走るぞ、の言葉とともに発進した自転車は最初こそ何度か揺れたけれど、次第に安定して走行もスムーズになる。危なげないペダルの足運びに、幼なじみとの性差をあらためて意識する。最初に揺れた時に反射的にしがみついた、見た目より広い背中にも。
もちろんすぐ離れようとはした。だが離れる直前の「つかまってろよ、危ないから」の一言でタイミングを逸し、次いで意志も失ってしまった。
氷がそのまま空気になったような冷たい風の中で、コートごしに彼につかまる手と、どさくさで背中に寄せた頬だけが温かい。――離れたくなかった。しがみつく姿勢を保ったままで、空をまた見上げる。
自転車が進んで周りの風景が変化していっても、目に映る星の配置は同じだ。けれど、日にちが経てば同じ時間でも見える星は変わる。寒さがやわらいで夜でもコートがいらなくなる頃、春になれば確実に。そして自分たちの環境も。
自分が第一志望にしているのはここから1時間足らずで行ける国立大。ずっとB判定以上だし、よほど相性が悪い試験問題だったりしない限りは、たぶん受かる。そうなれば通うのは自宅から。もし一人暮らしをするとしてもK大とは逆方向の土地になる。国公立受験クラスの自分がそこを蹴ったら不自然に思われるだろう。近さでも偏差値でも学費の安さでも、国立大の条件が一番良いから。
――でも、わたしはK大に行きたい。こいつと一緒に。滑り止めの私立大に含めたのも、周りにこぞって薦められたからではなくて、その可能性を残しておくためだった。
就職の時にはどうしたって離れざるをえない。それまでの4年間だけでも、彼の存在をできるだけ近くに感じていたいと思った。一日でも長く、今の距離を保っていたい。幼なじみのままでいいから……他に彼女がいてもかまわないから。
最後の部分が本心ではなく強がりなのはわかっている。けれどその辛さよりも今は、柊と同じ大学に行きたい気持ちの方がずっと勝っていた。こんなふうに彼の優しさに触れられる機会を、まだなくしたくない思いが。