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料理人と鶏の思い出

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『鶏の思い出』


 料理人Aの家は農家だった。少年の頃、家では鶏を飼っていた。鶏は毎日、卵を産んでくれた。朝に餌をやるのが母親の役目、Aは夕方であった。

Aがニワトリ小屋に入ってくると、ニワトリは大慌てで集まってきた。そして餌をやろうとすると
「早くくれ!」といわんばかりに手や足を突っついた。
「少しはおとなしくしろ!」と少年が叫んでも無駄だった。
鋭いくちばしに突っつくので、いつも痛い思いをするが、ニワトリは嫌いではなかった。何といっても、彼の大好きな卵を産んでくれるからだ。

 少年は体の大きい順に名前をつけた。一(イチ)、二(二)、三(サン)と。その名でニワトリに呼びかけるが、むろん、まともに相手にしてはくれない。
小屋に入ったとき、急いで近寄ってこないのは、まさに卵を産もうとしているニワトリだ。そんな必死になって卵を産もうとしている姿を見ていると、何だか可愛くてしかたなった。

とれる卵の数が減ってきたので、Aは母に聞いてみた。
「最近、卵を少なくなった。どうして?」
「大きなのがいるだろ? もう歳をとって、もう生めなくなったみたいだね」
イチのことだった。
「どうなるの?」
「もうじき、死んで天国に行くんだ」
「天国へ?」
「そう、生きているものはみんなそうだよ」
「みんな?」
「花も、木も、ニワトリも、母さんも、Aちゃんも」
次の日、餌をやるとき、イチに言った。
「おい、卵を産めよ。そうしないと天国に行くってよ。お前は天国に行きたいか?」と問いかけたが突っつき返された。

一週間過ぎたある日の夕食のことだった。
Aの大好きなカレーに鶏肉が入っていた。
「美味しいね」と母親に言うと、
「そうでしょ」と答え、「さっきまで生きていたんだから、新鮮だよ」
「さっきまで生きていたって?」
「うちにニワトリよ。もう卵を生めなくなったから、お肉になってもらったの」
 少年は驚いた。そして直ぐに懐中電灯を持って、ニワトリ小屋に行ってみた。二羽しかいない! イチがいないのである。Aは泣いた。 餌をやるとき、真っ先飛んできて突っつくから、憎たらしいと思ったことは数え切れない。しかし、死んでカレーの具になったかと思うと、寂しくかった。美味しく食べた自分がなぜか許せなかった。
「どうしたの?」
母親が近寄って聞いた。
「何でもない」と顔をそむけた。

母親がニワトリのヒナを三羽買ってきた。
「また、餌をやったね」とAに頼んだ。
「また大きくなったら、食べちゃうの? かわいそうだよ」
「かわいそうだね。でも、そうやって、人は生きていくんだよ。水と空気だけで生きられればいいけど、そうはいけない。お米も、野菜も、肉も食べないと生きていけない。かわいがって育て、そして感謝をして食べないといけないんだよ。それが生きるということなんだ。分かる?」
Aはいやいやながらうなずいた。
「だから食べ物を粗末にしちゃいけない。美味しく食べないといけない」
そういえば、母親はどんなものでも美味しそうに食べる。

食べ物を粗末にしちゃいけない。美味しく食べないといけない。そう教えたAの母親も天国に行った。少年はいつかコックになり有名になった。
「料理のコツは?」と聞かれて、
「美味しく食べてもらっている顔を思い浮かべながら料理すること」と答えた。




作品名:料理人と鶏の思い出 作家名:楡井英夫