おばばとサトシ
それは遠い昔のこと、まだ車もめったに走っていないし、テレビもなかった時代。そんな時代もあった。
村はずれの川の近くの大きな桜の木のある家。オババが一人暮らす。オババは朝から晩まで働く。隣の家。貧しく子沢山。みんな社交的だが、一人だけ無口な子がいる。サトシ。小さい頃からオババはかわいがっていた。
オババは大きい。体も手も。サトシからみると、まるで大きな木だ。
サトシが小さい頃、野良犬に追っかけられたことある。そのとき、大声を上げ野良犬を蹴散らしてくれたのがオババである。追っ払った後、大きな手で頭をなぜてくれた。それからサトシはオババが大好きになった。
しかしサトシの家にユキという名の猫が飼われてから、オババとサトシの家の関係が悪くなった。猫が時折オババの家に忍び込み悪さをするからである。
猫はサトシが好きのようで、よく後を付回す。
あるとき、猫を追い払うオババを見てサトシが聞いた。
「オババは猫嫌いなの?」
「猫は嫌いだよ。だって、人の家に勝手に入って小便を垂れていくんだよ」
「オババ、でもユキはそんなことはしないよ」
「相手は畜生だ。何をするか分からん」
オババが大事に飼ってにわとりが食われた。オババは血相かいてサトシの家に来た。
「オババ、どうしたの?」
「どうもこうもあるもんかい! お前のところのドラ猫が大切な鶏を食った」
「そんなことはしません!」とサトシの母親は必死に訴えた。
しかし、分が少し悪い。なぜならニワトリをくわえた猫をオババ以外にも目撃していて、その猫が実にユキに似ていたのである。
後で、サトシはオババに泣きながら言う。
「オババ、ごめんよ!」
オババ顔を顰めたまま。
「オババ、ごめんよ!」
「サトシが悪いんじゃないよ」
「でも、ユキちゃんがオババの大切なニワトリを食っちゃった?」
「相手は畜生だ。遊んでいるつもりでくわえてしまったのかもしれない」
「オババ、ごめんよ!」
「サトシ、鼻が垂れるぞ!」ともっていた手ぬぐいでサトシの顔を拭った。
「ほら、飴をやるから、泣くのはおよし」とオババは笑った。
「泣くなんて、男として、みっともないぞ!」
「男でなくていいよ」
「じゃ、サトシは男でなくて、何だ?」
サトシは泣き止んだ。オババをじっと見ている。
「お前を見ていると、いつも小さい頃の自分を思い出すよ。不器用で、恥ずかしがり屋で、弱虫で。でも、私は女だったから、いいけど。サトシは男だろ。大きくなったらどうする?」
大きくなったら、どうする? それはサトシも想像したことも考えたこともなかった。