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壊れた陶器

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『壊れた陶器』

豊かな家に生まれたサヤカは現役で有名女子大に入り、卒業後は商事会社に勤めた。
周りの男にいつもちやほやされた。なぜなら驚くほど美しかったから。けれど、つまらぬ男の誘いに乗り弄ばれるほど馬鹿ではなかった。

秋、同じ会社に勤める二歳年上の若手のホープといわれる男とデートをした。
駅近くの黄金色の街路樹を歩いた。
「まるで金色の燭台みたい」というと、
「僕たちの未来を祝福しているようだ」
「ずいぶん、ロマンチックなことを言うのね」
仕事一本やりの男だと思ったが、そうではなかった。絵が好きでピアノも弾けるという。高校時代にはテニスの選手にも選ばれ、大学時代には米国にも留学し、経営学のMBAを持っているという。そのうえ、ハンサムだった。まるで南欧系の男のように彫が深かった。何もかもが、サヤカの理想とする男の条件に合致していた。恋に落ちるのに時間はかからなかった。ベッドの上でもハルオはロマンチックな情熱家であった。初めの頃は、丹念に愛するハルオのしぐさはサヤカを戸惑わせたが、やがてサヤカを溺れさせた。いつも、愛し合っているときは何度でも「どこまでも君を愛すよ」と囁いた。

ハルオがフランスに出張した。パリの骨董品店で洒落た陶器を買ってきた。寄り添う恋人たちが描かれた陶器である。
「この陶器のようにいつも寄り添っていたい」と少し恥ずかしそうに言った。
サヤカは嬉しいやら恥ずかしいような気持ちになった。
「土産屋の人が、“この陶器を大切にする限り、二人の間は決して切れない”と言っていた」

夏の終わりだった。
サヤカが掃除したときである。突然、めまいをして、倒れそうになったとき、本棚に手をついた。たまたま、その日に限って、そこに置いた陶器に触れ落としてしまったのである。その拍子に陶器は二つに割れた。割れた瞬間、サヤカは、不吉にも二人の愛が壊れるということを想像した。
サヤカは今まで不幸を予想もしなかった人生が急にかげっていくような不安を覚えた。未来を知りたい! そう思って、サヤカは占いの本を買った。善いことも悪いことも書いてあるのに、サヤカは悪い方ばかり気になった。とうとう、サヤカは占い師に聞いてみようと思った。占いに凝っている友人に聞いて、よく当たるという占い師を訪ねた。

占い師はサヤカの手相を見るなり、
「おや、あんたは大きな幸せと大きな不幸がある」と呟いた。
それを聞いた瞬間、サヤカはめまいを感じた。
ハルオは時折、サヤカが見せる憂いのある顔を幸せへの戸惑いと感じ、愛おしさが深まった。昼も夜もサヤカなしには生きていけないほどサヤカが好きになった。サヤカは愛されれば愛されるほど切なくなった。その愛は明日には消えるかもしれないと思ったから。そんなある日のことである。ベッドで、突然、サヤカは尋ねた。
「どんなになっても、私を愛してくれる?」とサヤカが言うと、
「どんなにって? たとえば?」
「たとえば、火傷や事故で顔が醜くなっても?」
男はびっくりした顔をした。
「怖いの、幸せ過ぎて」
「いいことじゃないか」
サヤカは首を振った。
「この前、占い師に見てもらったの。そしたら、人間の幸せも不幸も、誰もが同じだけあるというの。そして言うの。あなたは多くの幸せを経験過ぎたと」
「その占い師は妬いているんだよ。君の幸せに」
「でも、この前、とても大切にしていたカップが割れたの。何気ない拍子に」
「馬鹿なことを考えるな、俺は君を幸せにしてやる。いつか言おうと思っていた。結婚しよう」と。
「本当に?」
「本気だよ」
そのときが、サヤカの幸福の絶頂期だったかもしれない。
サヤカには妹がいた。普通の顔をした妹。姉と違って、頭もさほどよくもない。しかし、仲は良かった。男との恋の話を一部始終した。
「結婚申し込まれたの。どう思う?」
「ご馳走様、私には縁のない夢のような話ね。当然、OKするんでしょ?」
「怖いの?」
「何が?」
「幸せ過ぎて――」と言いかけてやめた。妹は笑ったからである。
しかし、嘘ではなかった。結婚を申し込まれてから嫌な夢を何度か見た。つい最近に見た夢にあの女の占い師が出てきた。それは誰にも言っていなかった。もう一度、あの占い師に会おうとサヤカは決めた。

サヤカは占いの女に向かって、いきなりこう聞いた。
「占いというのは当たるの?」
「当たるも八卦当たらぬも八卦というでしょ」と占い師は言った。
「私は不幸になるの? 不幸になるとしたらいつ?」
「さあ、どうだが? そんなものは神様しか分からないよ」
「でも、あなたはこの前、人間の運不運のみな平等にあるといっていた」
「この前って、何時のことだい?」
「半年前よ」
「半年前、ずいぶんと昔の話だ。忘れたね」
「もう一度、占って、何度占っても一緒だよ。それに――」
そのときだ。窓ガラスが突然、激しく揺れた。サヤカは悲鳴を上げた。強い突風が発生したのだ。窓が少し空いていたので、風が入りテーブルに上においたものが吹き飛ばされた。
「おやおや、怖がりなんだね」
「心臓が止まるかと思った」
「そんなもんで心臓か止まったら、幾つあっても足りないね」
「神様は、平等なんだよ、一部の人だけ幸せにすることもないし、反対もまた然り。前に一度占った人は二度と占わない主義だよ。さあ、帰っておくれ!」
手のひらを返したような毅然とした口調に、サヤカは二の句をあげることができずに帰った。
婚約者と会ううちに、占いのことを忘れた。

もうじき冬が終わる。春になれば結婚。そんな三月。サヤカは突然、交通事故に遭った。運転手の前方不注意。サヤカは一週間、生死をさまよった。幸い一命を取り留めたものの、言葉と足に障害が残った。思ったことをうまく言えないし、走ることもできなくなった。いつも足を引きずるような歩き方をした。
事故当時は、毎日のように見舞いに来てくれた婚約者は来なくなり、やがて婚約は解消となった。
二年経った。妹が婚約した。小さい頃からジャイモのような顔をしていた妹をひそかに哀れんでいたが、立場が逆転してしまった。今は反対に哀れまれる方になった

単なる運命の悪戯なのか。それとも占い師の言うとおりだったのか。




作品名:壊れた陶器 作家名:楡井英夫