全力蹴球!
「なぁ真紀。話があるんだ」
いつもの帰り道。茜色に染まる河川敷で、いつものように隣に寄り添う真紀に話しかける。
「な~にぃ?改まっちゃって」
真紀がオレの顔を覗き込む。
「・・・うん。実はさ。オレ、イングランドに行くんだ」
「へ?」
帰り道を楽しむようにゆっくりとした足取りだった真紀が立ち止まる。
「前にトライアウトに参加したって言ったじゃん?その時にさ、イングランドのプロチームの・・・って、真紀?」
振り向くと真紀がうつむいていた。
「・・・何それ。聞いてないんだけど」
「あれ?そうだっけ。トライアウトの話したら、真紀めっちゃ喜んでくれたじゃん」
「その話じゃなくて。イングランドに行くって話だよ。あたし聞いてないよ?」
真紀が詰め寄ってくる。
「なんであたしには話してくれなかったの?隠すようなことじゃないじゃない。」
「それは・・・」
思わず言葉に詰まる。もちろん理由がなく話さなかったわけではない。
「真紀、受験があっただろ?あんまり心配かけさせたくなくてさ」
真紀は第一志望の聖秀大学に現役合格するため、部活を引退した半年前にバイトを辞めて、勉強に一生懸命打ち込んでいた。
渡英が決まったのは3週間前のことだった。受験を控えた真紀に、そんな話はできない―――と、オレなりに真紀を気遣ったつもりだった。
「関係ないよ。そりゃ心配しないって言ったら嘘になるだろうけど。拓也にとってはとても大切なことじゃない。拓也が自分のことよりあたしのことを考えてくれてるみたいに、あたしだって拓也のこと一番に考えてるよ?」
気のせいだろうか。俯き加減でしゃべる真紀の声が震えている気がした。
「真紀・・・」
「確かに受験は大事だよ?でもさ、そんな大事な話、してくれないなんて・・・」
オレに顔を向けた真紀を見て、胸が苦しくなった。
気のせいではなかった。真紀が泣いていたのだ。真紀に出会って2年半、一度もオレの前で涙を見せたことはなかった。
そんな真紀が、泣いていたのだ。
「ごめんな。」
真紀を優しく抱き寄せる。今のオレにはそれしか言えなかった。
「バカ。ホントにバカだよね!勝手にイギリス行くの決めちゃうなんてさ!拓也っていつもそうだよね。相手のこと考えて、気を遣ってるつもりなのに、裏目に出てばっかでさ。・・・でも、でもね、拓也のそういう、不器用なとこ、あたしは大好きだよ」
顔をあげた真紀は、オレが大好きな笑顔をしていた。
「そうだ真紀」
オレは真紀をそっと離すと、カバンの中から小包を取り出して真紀に渡した。
「はい、受験お疲れ様」
真紀が驚いた様子でオレの顔を見ている。
「あたしに?もしかしてプレゼント?」
こんなに嬉しそうな顔を見たのは久しぶりな気がする。
「ま、まぁそんなとこかな」
そんな顔をされたら渡したこっちが照れてしまう。
そのくらい、真紀は嬉しそうだった。
「ありがとね。・・・開けてもいい?」
「う、うん」
ベンチに腰を下ろし、真紀が大切そうに小包を開ける。
小さな小さな箱の中には、リングの中央に、十一月の誕生石であるトパーズを埋め込んだ指輪が夕陽に照らされて輝いていた。
「これって・・・」
「真紀。オレがプロのサッカー選手になるって夢を叶えることができたのは、真紀がずっとオレの夢を応援してくれて、いつもそばで、一番近くで支えてきてくれてたからだよ。挫けそうになった時も、夢を諦めかけた時も、決まって真紀がオレの隣にいてくれて。いつもオレを励ましてくれた。ありがとうなんて言葉じゃ言い表わせないくらい。ホントに感謝してる。」
「拓也・・・」
「その点オレは、勉強一生懸命頑張ってる真紀を、支えることなんてあまりできてなかった。いつも真紀にもらってばかりで、何も返せてなかった。」
「そんなことないよ?拓也がそばにいてくれるだけで、頑張れって一言言ってくれるだけであたしは頑張れた。一人じゃないんだって。あたしのことを想ってくれてる。そう感じるだけで、十分なくらい幸せだったよ」
真紀の言葉がとても嬉しかった。少なくともオレは、真紀に何かをしてあげれてるとは思ってなかったから。
「真紀。これからもずっとオレの隣にいてほしい。もちろんすぐってわけにはいかない。オレはイングランドへ行くし、真紀には大学もある。それでもいつかオレが日本代表になって帰ってきたときは・・・ 真紀。オレと結婚してくれ」
「・・・本気なの?」
オレを見つめる真紀の目は、今にも涙があふれ出しそうだった。
「ああ。本気だ」
「夢・・・じゃないよね?」
「今はまだ夢かもしれない。でも、必ず現実にしてみせるから。必ず迎えに来るよ」
「絶対だよ?約束破ったら怒っちゃうからね?」
泣きながら言う真紀を、オレは優しく抱きしめた。
作品名:全力蹴球! 作家名:(*・L・*) ya.