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天秦甘栗  夢路遠路2

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秦海の屋敷を深夜に飛び出した天宮は、愛車の『真っ赤なパーちゃん』ことパジェロで一路、天宮邸にむかった。深夜ということもあって車はほとんど無い。高速にあがってからは150㎞で道路を飛ぶように疾走する。前方に外車を発見して、さらにアクセルを踏み込む。
「バーロー、ケッ! 」
 外車を抜き去る瞬間に、聞こえるはずがなくても必ず、天宮は罵声を浴びせる。たまに窓を開けていて、相手に聞こえてしまうこともあるが、すぐに離れてしまうから問題はない。
 秦海邸にいた時は、井上たちの目を気にしていたので、ハイテンションを維持していたが、実は疲れていたのだ。それも久し振りのストレス充満である。原因は、財務省の研修である。研修には大抵、同期がやってくる。この同期がくせもので、天宮とは相入れない方々なのだ。財務官僚の卵たちは、概して世間知らずの厚顔無恥な輩が多いと、つくづく天宮は実感する。基本からして違うのだ。まず、逢っても挨拶をしない。朝なら、「おはよう」の一言ぐらいあってもいいと思うのだが、まったくの無視である。いちいち説教していたらキリがないくらい失礼な奴なのだ。天宮も付き合うのは面倒だと、入省当初に気付いて、ほっておくことにした。だから、三日間というもの冗談やギャグをいれるというのは皆無で、日本語を喋ることがない。これがストレスの原因である。
「一日、一回くらいギャグかつっこみはほしいよなあ、あいつらも少しはそういう勉強してくれないかなあ。」
 財務官僚というもの…接待されることはあっても、することはないので、自分からボケる必要がないのだ。天宮はもう一度、「バーロー」と呟くとさらにアクセルを踏み込んだ。
 基本的に天宮は上級国家公務員になれればよかった。なぜなら、天宮は高い退職金と高い年金にひかれて、この職業を選んだからだ。国を自分の手で動かしたいだの、おいしい闇取引が多いからとかこの世で最も地位が高いとか国家権力を手にできるだの、という理由で選んだのではない。本来、天宮は器用貧乏な質なので、たいていの職業についても困らない人間なのである。ただ、最終的に天宮は自分の偉大な夢を実現するためには老後の心配の少ない公務員がよかろうと考えただけである。

 天宮がみる夢は、『一日、釣りをしたり本を読んだり、のべのべと日がな一日をなまけもののように過ごしたい。』 である。それは簡単そうで意外に難しい夢だった。まず、気に入った場所をみつけて、自分のものにしなければならないし、食うに困らない生活費が働かなくても手に入る態勢を作らなければならない。これは元来からの大金持ちなら簡単だろうが、一から始める者にはたいへんな努力を要する夢である。
 天宮の夢はほぼ姿は現した。あとは、この姿を維持するため、毎月のローンをきっちりと納めて、年金が貰える年齢まで、可もなく不可もない程度に官僚を続ければ良い。『国民のみなさんが怒らないくらいに働こう』が天宮の仕事に対するスローガンである。ただ、最近起こった事件の後遺症で、もうひとつ夢を維持する方法が出現した。それは、秦海にローンを払ってもらって老後の面倒もみてもらうのである。婚姻届にサインした時から、天宮は秦海の伴侶であり共に同じ屋根の下で暮らしているのだから、秦海は喜んで面倒みてくれることだろう。
「でもなあ…それって秦海の『ヒモ』に成り下がるってことだから、対等の立場とは言えんじゃろうしなあ、夢はおのれの手で実現させたほうが楽しいし、働く原動力やし……同意せなあかんしなあ…」
 と、天宮は楽な方法になびくつもりはない。
 それに天宮は、今の夢をかなえた後、次の夢はをみないと自分で思うのだ。この楽園が完全に自分のものになったら、もう後は望むものはない。ただ、ひとつ望むならば、深町がずっと管理人兼おさんどんとして住んでくれるならありがたいと思うが、いつか深町も結婚して出ていくことになるだろう。それでも自分は、やはり楽園でのんびりと暮らしたいと思う。天宮には夢を越えると楽園が存在して、最後に極楽浄土という人生の道のりが頭にインプットされている。
「…でもなあ、予定外の事件があったから、多少は変動するんだろうけど…基本的には、ルート変更はなしで…」
 通常二時間の行程を一時間半で天宮邸の前に真っ赤なパジェロは急ブレーキで停車した。都会では大騒音だろうが、この奥深い山奥では熊避けをかねているし、まわりに人家もないので問題はない。
「…あのなあ、熊避けはわかるけど龍之介嫌がってるから、もうちょっとおとなしゅうに止められんかあ、あんたは…」
 玄関で深町は、天宮に文句をたれてから、迎え入れた。中に入ると、ちゃんと夜食の用意ができていた。
「秦海さんから電話あったけど、あと三十分くらいかかる筈なんやけどなあ、あまみやは……空飛んできた?」
「うん、今日は疲れてたから、一段と高いところを飛んでまいりましたのよ。こっちは、なにもなかったん?」
「んー別にこれといってはないなあ、……そうそう最近、いのししが多発してるみたい。」
 いつものように夜食の膳につくと、深町が「まあ、いっぱい」 と、日本酒をついでくれた。くいっと天宮があけて、深町のコップにもついで酒盛りがはじまる。これから、じっくりと天宮は深町に文句をたれる。研修の愚痴である。深町がいなくなったら、おそらく自分は秦海に、この愚痴を聞いてもらうことになるんだろうなあと、その時のことを思いながら寂しいようなおかしいような気分で日本酒をあおった。
作品名:天秦甘栗  夢路遠路2 作家名:篠義