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天秦甘栗  無理無体

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天宮がカゼをひいた。たいして珍しいことではない。クシュンクシュンと、くしゃみをしながら居間でテレビを見ている。そこへ夫である秦海が帰ってきた。
「ただいま、天宮」
「おかえり」
 熱でぐったりしている天宮が、秦海に手を振った。
「どうした?」
「カゼひいたのー」
「医者には行ったのか?」
「ううん、あのね、今から田舎に降りるから、秦海に言っとこうと思って待ってたの」
 そういう天宮だが、涙目でグシュグシュと鼻をならしている。秦海が自分の手を天宮の額に当てた。かなり熱がある。
「そんな身体で無茶だ!俺が送ろう」
「ううん、いいの、タクシーで帰るから」
 天宮は笑いながら、自分の携帯の番号をプッシュした。相手は聞かなくても分かっている。現在、天宮の奴隷の地位に甘んじている河之内である。
「わたしっ!!今、秦海の家なんだけど、田舎まで送って!そうねえ、20分後に来てね」
 ピッと電話を切ると、のそのそと天宮がソファから動き出した。心配な秦海は後をついて行くが、天宮は本をかばんにつめるだけつめて、それを玄関まで運んだ。
 本当に、20分しないうちに河之内がご自慢のランボルギーニディアブロでやって来た。
「玄関の荷物を積んで」
 ほとんど無言で河之内は天宮の命令通りに動く。
「天宮」
「ん?」
「はやく直して帰って来てくれ」
 秦海は寂しそうな表情で天宮を抱きしめた。今日は、さすがにぐったりしている天宮は、うんうんとうなずいた。
「ごめんね、カゼをひいたら、えりどんの御飯でないと食べられないの。鯉たちが気になるから、なるべく早く帰る」
 黙って後部に荷物を入れた河之内は、そのまま待っている。
「河之内」
「なんだ?」
「老婆心から言っておくが、カゼをひいているからと言って天宮の基礎体力は変わらんぞ。手加減がきかんらしいから悪ふざけすると、いつもの数倍はケガをするー。俺も昔、天宮がカゼをひいた時に試したが、全治2週間のキズを負った。」
「いつ?」
 その秦海の言葉に、天宮が不思議そうに尋ねた。本人は記憶になかったらしい。まずいことを言ったと秦海は思っていたが、発した言葉はもう遅い。
「大学の3回生だったかな。車で送ってやって、そのままシートを倒したら、おまえが力一杯抵抗して、俺のホホを爪でひっかいて肉をけずったんだ。今でもあとがあるぞ」
 その当時は、秦海はホホに三本の太いキズを負った。猫になどとゴマかせる代物ではなかった。
「この恥知らずっっ!!」
 天宮は秦海の説明を聞いてから、左足で秦海のむこうずねを蹴った。イタタタッと秦海がかかんだすきに、天宮がそのかがんだ背に乗っかった。
「あの時、秦海は大ケガをしたからって私のノートを持って来させたわよね。それから、ひざ枕もさせたわよね」
 ぷんぷんと天宮は怒っているが、実は照れているのだ。そのことを秦海は知っていて、まあまあとなだめた。
「なつかしい話じゃないかー、それにケガをさせたのは、おまえだし」
「させられるようなことする方が悪いっ!」
 そう言って天宮が空手で秦海の延髄を狙ったが、手で簡単に払われてしまった。
「俺は、ちゃんと武道の心得があるからな。河之内、ある程度は止められるが、おまえだったら入ってるぞ」
 背中に乗っかっている天宮を軽々とおんぶしてから、秦海は笑った。しかし秦海も甘い。両手の自由になった天宮は、思いっきり両頬をつねったのだ。
「分かった分かった、俺が悪かった」
 天宮を下ろして、秦海は両頬をさすりながらあやまった。一応、天宮は手加減をしているので、さほど痛くはない。
「河之内、開けて」
 天宮がランボルギーニのドアを蹴った。慌てて河之内がドアを開ける。
「じゃあね、秦海」
「ああ、深町さんによろしくな」
 天宮の乗った助手席のドアを閉めて、河之内は溜め息をついた。
「忠告ありがとう、肝に命じるよ」
 先程のやり取りからして、天宮は元気である。
「くれぐれも、天宮を大切に送ってくれ」
 天宮に手を振りながら、秦海はそう言って笑った。この夫婦のイチャイチャに付き合わされている自分は一体なんだろうと、河之内は溜め息をついて車を発進させた。
「あっ、途中でローソンと薬屋さんに寄ってね」
 ひざの上にティッシュケースを置いた天宮は、そう言いながら鼻をかんでいる。本当にカゼらしい。それからケイタイTELを取り出して、深町に連絡を入れた。
「えりどーん、今から帰るけど何かいる? うん、カゼひいて熱があって、しんどいー、うんうんー、ケンタッキーと、ミスドの飲茶セットね、分かった、うん」
 ケイタイを切って、天宮は河之内に声をかけた。
「河之内、悪いけどケンタッキーの10ピースセットとミスドの飲茶セットを買いたいから、その店も探してね」
「はい」
「んじゃ、私は寝るから、頼むよ」
 そう言って天宮は、シートを倒して横になった。このまま押し倒してやろうかと河之内は思ったが、秦海の話を聞いた後では、それはかなりの勇気のいることだ。おとなしく河之内は、ケンタッキーとミスドを探すことに専念した。それが一番、平和そうだからである。


作品名:天秦甘栗  無理無体 作家名:篠義