マッチ売りの少女
本編
ある冬のある寒い夜のことです。
みすぼらしい格好をした少女がマッチを売りながら大通りをトボトボと歩いて
います。かじかんだ手に息を吐きかけ、薄いコートを羽織り直しては北風に佇ん
でいました。真っ白なはく息は、凍てついたため息なのでしょうか・・・?
「ああ、私はなんて恵まれないんだろう。クリスマスの夜だというのに、はやり
の靴もスカートも履けず、髪も染められないでこんな処でマッチを売っている。
これじゃあ彼氏だって出来やしない。・・せめてほんとうのお父さんが蒸発しな
ければ・・。」
お母さんが連れて来る男の人は何時だって、「娘」ではなく、「女」として私を
見、値踏みするように声をかけ、にじり寄って来る。あんな家にいるくらいなら、
まだしも外の方が・・とは思うのだけど。
己の境遇の不幸だけを嘆きながら、少女は通りに面したビルの窓をふと見上げま
した。すると、暖かい色をしたガラス越しに一家団欒のシルエットが写し出され
ていました。手前の若い男女の影はもつれるように抱き締めあい、情熱的に首に
手をまわして。
「なんで・・世の中にはあんなに幸せそうな家庭があるのに・・・」
少女は自分の人生を呪い、目の前の何分の一かの幸せを分けて貰いたいとせつに
願いました。窓の向こうの女性のシルエットはさらに男に抱き寄せられ、そして
片手は・・窓に向かって差し伸べられていました。
マッチ売りの少女は暗い瞳で、その手の先は自分に向けられていて、それに触れ
さえすれば今度は立場が逆になるのでは、とも考えました。そして、また重いた
め息をついてその場を離れていくのでした。
* * * * *
シャンデリアが窓に煌煌と明かりを投げかけているその部屋では、今まさに女が
男に首を締められていました。息さえつけず、口の端から血と泡を垂らし、小刻み
に身体をふるわせています。
「早く殺して!」奥の、もう一人の若い女が男に叫んでいます。
「そいつがいると私はあの人と結婚できないのよっ!」
「わかったよ姉貴、でもさ、俺だって人殺しなんて初めてだからよぉ、なかなか死
なねぇんだよ、こいつ」
若い男がさらに力を加えました。
「今まで私のぶんまでそいつは幸せをむさぼっていたのよ。まるまると太った七面
鳥みたいにね。今夜が晩餐の日よ。わたしが、わたしが喰い尽くしてやる!!」
首を締められている女は、朦朧としてきた意識の中で下の通りを走る高級そうな
スポーツカーを見ていました。クルマには肩を寄せあう幸せそうな男女が乗ってい
ました。
* * * * *
「私も彼と今度ドライブに行く約束だったのに・・・なんで・・」
薄れていく意識の中で車中の男女を羨みました。
「おい、逃げ出そうなんて思うなよ」
男は片手でハンドルを握りながら、女のスカートの下にせわしなく手を這わせてい
ます。
「最後にいい気持ちにさせてあの世に送ってやるからよ」
男はいやな形に唇を歪め、ニヤリと笑いながらその感触を楽しんでいました。黄色
く濁った男の視線に狂気を感じ取ったとき、女は理解しました。自分がと殺場に送
られる家畜なのだ、と。
(・・・なんで・・?)
派手な化粧と衣装で男を誘い、悦に入っていた報いだというのか。女は街角をひと
り歩いていく地味ないでたちの少女を見ながら、あの少女に出来ることならなり代
わりたいと強く思うのでした・・・。
<終わり もしくは永遠に続く・・・>