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天秦甘栗  焼肉定食

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秦海家での夕刻、天宮がのんびりと、こたつに入って寝転んでいると、執事の井上が電話を持ってやってきた。
「天宮様、天王寺様からですよ」
 執事というのに慣れない天宮は、居ずまいを正して有難く電話を受け取った。しかし、相手と話すと、すっかり元に戻ってしまうのが天宮である。
「あっ天宮か? この間、言うとった勝負はどうすんねん?」
「勝負ねえー、この週末のスケジュールは?」
「安心しろ、今週は空いている。いや、正確に言うと開けてやったぞ」
 別に空けてほしくないんだけど、と、天宮は思いながら、それでは土曜日の朝に、秦海家まで来てくれと告げたが、天王寺は日曜しかスケジュールは空けていないと答えた。
「じゃ、うちの家まで自力で来てくれる?」
「秦海家じゃなくて? どこや?」
「私の家よ。住所と簡単な地図を送るわ。ファックス番号教えて」
 天宮は、そう言って天王寺からFax番号を聞いた。
「天宮、山道レースっていうてたけど、おまえの愛車はなにや?」
「私のは、パジェロちゃん」
「俺は、コルベットやけど勝負になるんか?」
「2台エントリーでもいい?」
「ああ、2回レースするってことやな。もう1台は?」
 そこで、天宮は宙を睨んだ。そう、河之内のバカでかい外車を思い浮かべたのである。
「確か、ランボルギーニディアブロだったと思う」
 ひょえーと天王寺は受話器の向こうで声をあげた。推定1千万円はくだらないと言われる車である。さすがに秦海家には、いい車があるんだなあと、天王寺は溜め息をついた。しかし、勝負に負けるとは思っていない。要はテクニックである。高速をひた走るレースなら、クルマの馬力や運動制能が問題であるが、山道となれば、シフトチェンジやアクセルの使い方、ハンドル操作の優劣がモロに出るのである。多少の車の性能など問題にはならない。だから天宮もあえて山間部でレースしようと提案しているのだ。
「逃げんなよ、天宮。俺が勝ったら、また変わった服着てくれるか?」
「いいよ。でも私が勝ったら、天王寺はどうするの?」
「せやなあ、なんかおごったるわ。シャネルでもグッチでも」
 負ける気のない天王寺は、大きな約束をして電話を切った。しかし相手は、そんなもの欲しくもない。勝ったら、天宮家のテレビを買ってもらおうかなあと実用的なことを考えていた。
 天宮は本当に、とても簡単な地図と住所と念のために電話番号を書いてFaxを送った。

  
 夕食の席で、天宮は秦海に天王寺とレースをすることにしたと話した。
「天王寺と?! それはまた過激だなあ。おまえのパジェロでは、あいつのコルベットにスピードで負けるだろう。俺の車を貸そうか? それとも1台買うか?」
 そのへんのおもちゃの車を買うように秦海は簡単に言うが、車は1台200万はする。バカものーと、天宮が秦海に軽く怒った。
「それって、私のテクニックを信じてないってことだよね、失礼な。うちのパーちゃんが負けるわけないでしょ」
 パーちゃんとは、天宮の愛車パジェロの愛称である。
「しかしなあ、天宮、天王寺は昔、レースしてたほどの腕だぞ。せめてNSXかGTRぐらいは」
「それはスピード勝負でしょ? 私と天王寺がするレースは山道のクロスカントリーよ。だから、あんまり馬力があっても意味がないの。一度やってみる? 秦海」
「何を?」
「私とレースするの」
 秦海はそこでしばらく考えて、勝ったら同意してくれるか? と小声で尋ねてみた。てめぇーは、それしか頭にないのかーと天宮は、もうレースしようと誘うのはやめた。うっとおしいからである。
「心配しなくても、ランボルギーニもあるから大丈夫よ。この間、エンジン回してみたけど、結構いけたから、あれでも勝てるかも」
 初めて河之内を天宮家に呼んだ時に、天宮は河之内のランボルギーニディアブロを、思う存分に乗りまわした。わざとドロ水をつけるように、山道を走りまわっておいたので、運転には慣れたつもりである。
「ああ、河之内のか? そうだな、あれはいいな」
 秦海も、それに同意した。まあつまりは、この土日も河之内は天宮家に呼び出されるということである。
「ねえ秦海、車貸してくれるって、あのプレジデント?」
 ごはんを食べながら、何気なく天宮は尋ねた。プレジデントはリムジン仕様で貸してもらっても意味はないのだが、ちょっと運転してみたいなと思ったのだ。
「いいや、あれは俺の通勤車じゃないか。あれじゃなくて車庫に、5、6台入ってるから、好きなのをどうかと思ったんだ。確か親父も2、3台持っているし」
 そして秦海は車名をあげたが、どれも外車である。
「確か、ボルボとベンツとジャガーがあったはずだ。それとフェラーリが1台あるし、親父がクラッシックカーも持ってるぞ」
「クラッシックカーって、昔のフェアレディをレストアしたのとか?」
「いや違う、ミッレミリアに出場したことのある車とかで、確かロータススーパーセブンというやつだ。あとはリンカーンとロールスロイスだったかなあ」
 天宮はあきれてしまった。1人の人間が2台までなら車を持っても許そうと思う。通勤車と遊びの車は別にしている人が多いから、そういうのは当たり前といえば当たり前である。しかし、秦海のはちょっとやりすぎだと思う天宮である。そんなにたくさん持ってどうするというんだろうと不思議に思うので、尋ねてみた。
「TPOに合わせないといけないだろう? アメリカ人と逢う時に、いきなりベンツはまずいだろうし、そういう時はリンカーンで迎える方がいいじゃないか。まあ、フェラーリは俺の趣味だがな」
「乗ってるの見たことないよ」
「学生の頃は乗っていたが、他人に運転してもらってると、フェラーリの重いハンドルを握るのがめんどうでな。最近、俺自身乗ったことがない」
 もったいないお化けが出るよ、と天宮は笑った。フェラーリと言えば、超一流のメーカーさんなのに、乗ってやらないなんてかわいそうである。
「食べたらドライブしようよ」
 お茶を飲んで、天宮がもったいないお化け退治を提案した。秦海は喜んでうなずいた。天宮は車に乗りたいだけだが、秦海にとっては、久しぶりのデートだからである。いそいそと秦海は食卓を立て上がって、上着とフェラーリのキィを持って来た。
「さあ行こう、天宮」
「えー、もうちょっとしてからー、まだお茶飲んでるもん」
 そんな光景を、井上はニコニコと眺めている。すっかり仲睦まじい夫婦に見えるが、それは井上だけにそう写っているのであって、当人たちは相方、違う意味で「そんなことはない」 と、言うだろう。
「天宮様、せっかくのお出かけではありませんか。さあ」
 秦海が焦れているので、井上が天宮に声をかけて急かした。さすがに井上から急かされては、天宮ものんびり食後のお茶を飲んでいるわけにもいかず、立ち上がった。

 初めてフェラーリの運転席に座った天宮は、ご機嫌でハンドルを握った。
「おっ、おもいー」
「まあ、女には重いだろう。いつもパジェロのパワーステアリングを軽く回してるからだ。これで修行したら、クラッシックカーは全部運転できるようになる。代わろうか?」
作品名:天秦甘栗  焼肉定食 作家名:篠義