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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・パラレル-月光姫譚-

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Illusion1 彷徨い


 世界は深い闇に閉ざされ、やがて闇の中にビジョンが広がる。
 繰り広げられる物語を綴る。
 ――ここは夢幻世界。
 君は君の世界を失った。世界から弾かれた者なんだ。だから、少女の内に彷徨いこんだ。
 それは君の意思なのか?

 ただ闇が広がっていた。
 少年はそこに立ち尽くしていた――呆然と。
 暗くて、怖ろしくて、胸が締め付けられる。闇は人の心を巣食い、古代から畏れられ、ヒトは光で闇を照らし続けた。
 漆黒の中に紅蓮が灯り、空気が水面のように揺れた。
 少年の鼓膜に低く重い音が届く。
 次々と灯る紅。それは動物だった。それはヒトと呼ばれるモノ。でも、少し違う。
 大勢のヒトは真っ白な仮面を被り、無表情なそれの奥で二つの炎が悪を讃えている。
 人々は走り、狂い、躍り、叫び廻る。
 何を叫んでいるのかはわからない。猿の奇声のようなそれは、怒っているようでもあるし、哀しんでいるようでもある。
 少年は怖かった。
 仮面を被った異形の者たちから発せられる鬼気が、かまいたちのように吹き荒れ、風が叫び声をあげる。
 逃げた。少年は恐怖から逃げた。ただ、逃げ回った。
 どこからか声がした。
「そっちじゃない、そっちは別の入り口だ!」
 その声は少年に向けられていた。だが、もはや恐怖に駆られた人間に、その声は届かなかった。
 少年は何かにぶつかり、闇を抜けた。
 何もない空間が硝子のように弾け飛び、砕けて少年をこの世界に向かい入れた。
 そこは森の中。
 木々の隙間から見える空はビロードの天幕を下ろし、天幕に空いた小さな穴から星々が顔を覗かせる。
「夢の中……?」
 一〇と少しくらいの歳の少年が辺りを見回した。
 森の中にほんの少し開けたその場所には、蒼白く輝く花が咲き誇り、闇を優しく照らしていた。
 蒼い風が吹きぬけ、少年の黒髪で戯れる。
 明らかにここは少年のいた世界とは違う雰囲気を醸し出していた。
 少年にとって、この場所は先ほどの闇より怖くなかった。
 花の光は温かく世界を見守り、吹く風は豊かな森に匂いを少年に届けてくれる。けれど、ここにずっと居たいとは思わない。どこか人のいるところへ――。
 少年は蒼白く輝く花を一輪摘み取った。その光は大地から抜き取られても輝きを失うことがなく、ランプとなって大いに少年の心も灯してくれた。
 灯りを持った少年が歩き出そうとした時、辺りに強い風が吹き荒れ、どこからか薔薇の香を運んできた。
 舞い上がる花びらが世界を紅く彩る。それは薔薇の花びらだった。だが、薔薇など近くに咲いていない。
 薔薇がどこからともなく現れた。この者のように――。
 少年が小さく驚きの声を漏らし、目の前に突如として現れた者に恐怖した。
 インバネスを身に纏ったその物腰は静かで、梟のようにそこに立ち尽くしている。少年を恐怖させたのは、その顔に付いている真っ白な仮面であった。
「怖がることはない。私は先ほどの連中とは違う。顔を持たないので仮面は外せないがね」
 声は優しくて透き通った中性的な声で、少年には仮面が微笑んだように見えた。それが?顔を持たない?という意味なのかもしれない。
 少年は少し安堵した表情になり、当然の言葉を発した。
「誰なの?」
 見知らぬ人に対して発する言葉。よく有り触れた会話だが、少年の前にいる人物は有り触れた人物とは言えなかった。
「私の名前はファントム・ローズ。夢幻に囚われた者であり、夢幻に囚われた者を解放したいと思っている」
「ムゲン?」
「夢幻は夢や幻のこと。この世界も夢幻だ。私は世界に弾かれた者を本来あるべき姿に戻す、それには君も含まれている」
「意味がわからないよ。とにかくここは夢の中なんでしょ? 目を覚ませばそれでおしまいでしょ?」
 白い仮面が静かに横に振られた。
「これは君の夢じゃない。だから、君は世界から弾かれた者であり、他人の夢幻に囚われた……もしくは自ら進んで迷い込んだか?」
 少年にはファントム・ローズの言葉が理解できなかった。
 これは夢。夢だから理解しがたいことが起きても不思議ではない。けれど……。
「僕はここが夢だってわかる。けど……」
「夢と現実の狭間はどこにあるのか。実に興味深い題材であるが、君は現実がどのようなものだったか忘れているのだろう。だから、夢と現実を比較することができない」
 まさにその通りだった。少年は現実の記憶を忘れていた。現実での生活が思い出せなかったのだ。
 二人は黙っていた。少年は脳内で記憶を辿る旅をして、ファントム・ローズは夜風に揺られながら佇んでいた。
 少年の手の中で花が淡く輝いていた。それを見て俯いていた少年が顔を上げる。
「思い出したよ、僕の名前は明るいって書いてメイ」
「男の子なのに可愛らしい名前だ」
「でも僕はこの名前が気に入ってるんだ。いつも僕のことを優しく呼んで……呼んでくれる……?」
 ――誰が?
 少年の耳に過去の声が微かに聞こえる。自分を呼ぶ歌うような優しい声。人影の輪郭がぼやけ、それが誰なのかわからない。とても大切なひとだった気がするのに、思い出せない。
 また黙り込む少年に対して、ファントム・ローズは空気にでも話しかけるように言った。
「人は自らの足で歩むべきだと思う。けれど、私はお節介な性格でね、迷える仔羊がそこにいると、声をかけてしまうのだよ。だから、私は君の前に現れてしまった」
「僕を助けてくれるってこと?」
「答えは君が見つけた方がいい。けれど、ヒントはあげよう。この世界は君の大切なひとの夢の中だ。だから、この夢のあちこちにそのひと欠片がある」
「この夢の中を冒険すれば、僕は記憶を取り戻せるってこと?」
「しかし、真実は必ずしも君のためになるとは限らない。真実とは時として残酷なものなのだよ。それでも知りたくば、この夢の中を見てまわるといい」
 ファントム・ローズの口ぶちは、何かを知っているような口ぶりだった。しかし、聞いても答えは教えてくれそうもない。
 鼻を衝く薔薇の香が立ち込め、ファントム・ローズの輪郭がぼやける。
「私は私の使命を果たしに行く。君とはまた会うことになるだろう」
 ファントム・ローズの身体の周りを大量の紅い花びらが渦巻き、薔薇に埋もれたファントム・ローズの姿は忽然と消えた。
 大量の花びらは風に煽られ、天に向かって宙を舞い、世界を薔薇の香で満たした。
 メイはその場に立ち尽くして、手に持った輝く花を静かに見つめた。
 蒼い風が森を吹き抜け、暗い空の中で蒼白い月が天を見下ろし嗤っていた。