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天秦甘栗 取捨選択

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天宮は大の本好きである。買ってくることに人生の喜びを感じるほどに本が好きである。しかし、片付けるということは念頭にはないので、週に一度、深町が仮住居にやって来て片付けていた。普通の女性なら、女性雑誌や文庫本といった類のものだが、天宮は場合はさらにジャンプやモーニングといったマンガ雑誌、マンガの単行本、経済関係の雑誌や、その他多様な本が混ざるのである。それを秦海家のものが、ちょこちょこと片付けて、壁に積んでいたのだが、それも人間の背の高さになったので、井上が続きの部屋に書斎をこしらえておいたが、それも3カ月で満杯になった。雑誌を整理してくれれば、だいぶスペースは空きが出来るのだが、当人は「いつかまた読むから」と捨てる気はさらさらない。
 天宮の書斎で秦海は溜め息をついた。壁一面に備え付けた本棚は満杯で、その前に積まれた本もすでに天宮の肩の高さに届いている。この部屋に天宮がいる時に、もし地震が起こったら間違いなく本で圧死することだろう。
 さてどうしたものかと秦海が思案しているところへ、当の本人天宮が、本を持って入って来た。
「あれ、珍しいね。秦海の興味をひくものなんてあるの?」
「待て、入ってくるな天宮」
 秦海は慌てて天宮を部屋の外へ連れ出した。こんな時に突然、地震がきたら秦海と共に本の下敷きになってしまう。
「ここは当分、出入りするな」
「どうして? 私の本部屋なんでしょう」
「危険だ! もし、おまえが本の下敷きになったらケガをするぞ」
 「しないしない」と手を振って、天宮は書斎に入って別の本を持って出て来た。秦海もその時はそれ以上言わなかったのだが、次に書斎を覗くと積まれた雑誌は天宮の背の高さを越え、すでに秦海の身長も抜きそうなところにまでなっていた。
「深町さんを明日呼んでくれ」
 側で控えていた井上は、秦海の命令通り次の日に迎えの車を出して、深町を遠い天宮家より呼び寄せた。
「うわぁー、これは死ぬなぁ」
 秦海の案内で天宮の書斎を訪れた深町は、開口一番、秦海のもっとも心配していることを言った。
「天宮は捨てないと言い張るし、どうしたらいいんだろう、深町さん」
「捨てるようにしたらいいんでしょ?」
 深町はそう言って天宮を呼んで、書斎のまん中に立たせた。
「天宮、いい加減に捨て!」
「いや!」
「もう限界がきてるよ。なんなら、私が処分してあげようか?」
「いや!! えりどんは、いつも捨てちゃうんだもん。せっかく、ゆっくり本をためてるのにー」
「本ためてなにすんの?」
「んー? よくわかんないけど、うれしい」
 たはーっと、深町は頭を押さえた。こういう奴なのである。
「秦海さん、井上さん、ちょっと外へ出て」
 深町は、天宮には、これだろうと思い、他の二人を避難させた。
 「ちょっと学ばせるからね」と秦海に笑いながら、深町は天宮の立っている側の本棚をガンガンと、二度程蹴った。すると、本棚が振動してその前に積まれた本が、なだれになって天宮を襲った。一冊一冊は、たいしたことはないが、これだけあると本も相当な破壊力である。本の下敷きになっている天宮に深町が「捨てんな?」と尋ねた。
 「うんー、捨てるぅー」とよれよれの天宮の声が聞こえてきた。それで、深町は秦海の顔を見て笑いかけた。
「捨ててもいいって!」
「ありがとう」
 井上は慌てて本を取り払って天宮を救出した。イタタッと、あちこちさすっているが、深町に言い返すことは出来ない。
「雑誌は全部捨てて下さい。」
「いやー、“シンラ”は置いといてー、えりどーん」
「あかん!! 買ったら読みなさい」
小さな抵抗を、いとも簡単にねじ伏せた深町は本棚にある文庫本も、ハードカバーも、ひょいひょいと抜いて床に落とした。
「文庫本は、ちゃんと後書きが変わってるのっっ!!」
「同じ本、2冊もいらんっっ!! 後書きなんて、そこだけ破る」
 深町は天宮が持っている蔵書をよく知っている。本人がちょっとおもしろそーと思って買ったものなどは、容赦なく床に落とした。天宮は、ぴーぴーと泣いているが、問いつめられると「捨てる」と言えるものばかりなのだ。本棚の本は1/3のは床に落とされた。残ったのは、天宮が心底好きなものばかりである。
「こんなもんかなあー、天宮」
「これー、まだ読んでないんですよー、残してもいいでしょ?」
「いつ読むの?」
 深町の鋭い突っ込みに、天宮はうっとつまった。毎日のように買って来る本の山を処理しきれないのは目に見えている。そういう「いつか読むだろう本」は、ずーっとその「いつか」を待っているが、いつかなんてありはしないのだ。
「でも1年くらいすると、この書斎は満杯になるから、そうなったらうちに移動させんとね」
「うん」
「天宮、片付けしてはるの、手伝いや!!」
「うん」
 深町のいうことには、おとなしく従う天宮は、井上が積み上げている本の手伝いを始めた。深町と秦海は居間に移動した。
「こういうことで、イチイチ呼ばなくても電話でいいです」
「ありがとう。俺はどうも天宮には甘いようだ」
 むちゃくちゃ甘いぞー、と深町は思う。普通なら妻の書斎など作ったりはしないだろう。いい人と結婚したなあと、深町は自分のことのように喜んだ。望んでも手に入らない地位と財産を持った男に、ここまで入れ込んでもらえるとは、天宮はなんと幸せなんだろうと思うが、当人はそんなものに興味はない。天宮は、深町と秦海の策略で結婚したと今でも思っているのだから、欲がないよなー、と一人思い出したように笑う。まあ深町も、そういう人間なのだ。
「こちらに泊まっていけば? 深町さん」
「ううん、リュウをそのまま置いて来たから帰ります」
「それじゃ、車を」と秦海が言うのを止めて、深町は電話を借りた。
「あっ今、秦海家なんですけどぉ、家まで送ってくれます? よろしく」
相手は言わずと知れた河之内である。深町は天宮に帰ることを告げると、天宮は自分の部屋から、あるものを持ち出してきて手渡した。それを見て秦海は顔を変えた。
「天宮!! それはいかんぞ! どこで手に入れた?」
 深町の手にあるものは一丁のコルトである。
「これ? これはエアーガンなの」
「また、こんなもん買ってー」
「いや、一度、川で魚狙ってみようと思ってね。河之内が変なことしたら、これで撃ってごらん。近距離だとケガぐらいはするらしいから」
「おお、それはいいなあ」
 天宮の渡したエアーガンを、深町はかばんに入れた。ちょっとでも不審な態度に出たら試してやろうと深町はニヤニヤとしている。それから天宮の書斎にいる井上のところに行って、こっそりと「シンラ」だけを家に送ってくれるように頼んだ。クリスマスプレゼントと称して、1年分を渡してやろうと考えたのである。
「今年も、お金はいらんなあー」
ニコニコとしながら、深町は田舎の家に帰って行った。
作品名:天秦甘栗 取捨選択 作家名:篠義