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A(けんしょう炎)
A(けんしょう炎)
novelistID. 8805
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血と瞳と長い夜

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「あいつは、ぼくの親友だったんだ。昔の話だけど」
 そっぽを向いて呟く少年は、悔しそうな、寂しそうな表情を浮かべている。わたしは何ができるわけでもなく、少年の傍で髪をいじる。少年はぶつぶつ小言を溢しながら、ほほや首、腕や肩をさすっている。ある少年につけられた傷跡を撫でているのだ。
 わたしは自分の髪をもてあそぶのにも飽き、ベッドの上で硬くなっている少年の髪に手を伸ばしてみた。しかしわたしの手は、少年のやわらかい髪に触れることはできずに虚をつかむだけだった。その様子を横目で睨んでいた少年が、声を出さずに笑う。わたしは苦笑して、わたしにはふれる事のできない少年の髪にふれ続ける。
「あのまま殺されてればよかったのかな」
「まだ歓迎はできませんね」
 わたしが笑うと、少年は「歓迎」と繰り返した。自虐的な笑みを浮かべて、少年は膝を抱える。つやのない灰色の髪が散らばり、少年の暗い表情を隠す。
「あんたが来なかったら死ねたのに」
 少年はやっぱり自虐的な笑みを浮かべたままわたしを見上げる。「あんたと一緒になれたのにね」と暗い声で笑い、そして顔を伏せた。涙の音は聞こえない。そもそも少年は泣いたことがないと言っていたか。
「でも、嬉しかったよ」
「嬉しかった」と返せば少年は「うん」と頷き、自分の髪をかきあげる。しろい肌に血のにじんだ傷跡と、滲んだ血のような赤い瞳がわたしを見上げる。わたしは少年の髪を撫でる。撫でるつもりになる。
「あんたのあんな顔、見られるなんて思わなかった」
 少年がわたしを見上げる。死人のような雰囲気を漂わせているわりに、彼の深紅の瞳はきらきらと輝いていた。わたしこそ、きみのそんな表情を見られるなんて思わなかった。
「あのさ」
 少しの間をおいて、少年が切り出してきた。わたしは返事をせず、窓の外へ視線を移した。骨のような指先だけは、少年の髪に絡めたままで。それを肯定ととったのだろう、少年は目を細めた。
「あんたのこと、好きだよ」
 少年は呟き、膝を抱えなおした。「どんな種類の好きなのかとか、なんで好きなのかとか、わかんないけど」
 わたしは何も答えず、ただ髪をもてあそび続ける。少年もわたしに何かを求めたりせず、虚空を眺めている。ただ時間が無為に過ぎていく。
「死んだら、あんたにさわれたかもしれないのに」
「許しません」
 少年の髪をもてあそんでいた指を離し、わたしは少年を見る。彼の赤い瞳に、わたしの血のような色の瞳が重なった。
「きみはまだ幼い」
 自分の声が一瞬で冷めたのがわかる。温度を感じることに、わたしは内心戸惑っていた。少年はわたしを睨んでいる。彼はもともと目つきが悪いから、きっと睨んでいるつもりではないのだろうけど。
「死はただそこにあり続け、無しにすることはできません。わたしには死の記憶がないけれど、でも死んだことを後悔しています」
 生きているうちにきみと会いたかった。きみの髪をほほを撫でたかった。わたしの願いは言葉になることはなく、霧散していく。
「ぼくは」
 少年はゆっくりとわたしから目を逸らす。相変わらず聡い子だ。わたしは再び視線を窓の外へと動かした。
「あんたがぼくのことどう思ってるか、大体分かるけど」
 淡々とした言葉。この少年に感情と呼べる物があるのか不安になるほどの、無表情な声で少年は呟く。
「ぼくは、多分あんたじゃないと駄目なんだ。よくわかんないけど、これは確信してる」
「それはきっと、きみの目が曇っているんです」
 きみは世界に少しだけ心を開いた、ただの子供なのだから。死者に縛られなくてはならない理由など、どこにもない。きみを束縛する権利を、わたしは持っていない。
「きみが望んでくれれば、わたしはすぐにでも消え去るのに」
「それはぼくが許さない」
 鋭い視線がわたしを咎める。この少年は、傷つき暗い感情に囚われているものの、元々が気高く、力強い種族だ。本人が少しでもその気になれば、少年は奪われた物すべてを取り戻す事ができるのに。
「ふふ、わかっていますよ」
 再び少年の髪に手を伸ばす。きみの前から去るのは、わたしの願いでもないよ。けれどわたしは、この気持ちを少年に伝えることはしない。それこそ、少年の枷になってしまう。
「あんたさ」、と少年は呆れた表情をする。「髪、いじるの好きだよね」
「たぶん、きみの髪は凄く柔らかいんでしょうね」
「割とぱさついてるよ」
 少年が苦笑した。この子が笑うのは、いつも何かに対して呆れているときだけだ。少年の純粋な笑みを見てみたいけれど、それを口に出した所で少年は嫌がるのだろう。
「あーあ、何かヘンな気分。叱られたみたいだよ」
 困ったような笑みは、それでも少年ができる少ない感情表現だ。わたしも答えるように微笑んで(たぶん少年以上にぎこちない笑みだ)ベッドから離れる。「あ」と少年がこぼしたけれど、わたしはそれを無視する。
「傷は痛みますか?」
「ううん。落ち着いてきた」
 少年は自分の傷跡を撫でる。消毒液を染み込ませたガーゼ越しとは言え、結構な圧力をかけているように見える。痛覚が少し、麻痺しているのだろうか。わたしには少年の痛みは分からない。
「寝る」と、唐突に少年は言った。そしてその言葉に従い、少年はベッドに横になる。シーツをたぐり寄せ、枕に自身の頭をうずめる。まだ夜は浅い。明け方になっても眠らないことがある彼にしては、意外すぎる行動だ。いや、流石に疲れているのだろう。体は傷つけられ、心も消耗しているはずだ。わたしはただ挨拶をつぶやき、窓辺に向かった。青白い光が部屋を満たす。
「カーテン、閉めましょうか」
 少年は暗闇を好んでいる。この部屋の電気がついていることなど稀なほどに。
「いいよ、別に」
 つまらなそうな声で、少年は囁く。てっきり肯定が飛んでくるものと思っていたせいか、わたしは少年を振り返った。赤い瞳が月明かりを受け、煌いている。
「ねえ」とかすれた声が響いた。それは少年のもので、わたしは再びベッドに戻る。寝転んだ少年を見下ろすと、彼は少しだけ迷っている様な表情を見せた。
「どうしました?」
「……なんか歌ってよ。子守唄」
 恥を忍んでのお願いに、わたしは薄く笑った。すぐに少年の非難めいた視線が飛んでくる。
「きみのように上手じゃないですから」
 そう言う意味では、わたしも恥ずかしいんですけどね。苦笑しながら、わたしは記憶の隅にある言葉を歌いだす。


(わたしだってきみのこと大切に思ってるんですよ)