雪の象徴
学校の廊下を少女はそんな事に軽く苛つきを憶えながらも何故、いつにも増してこんなに五月蠅いのかを考えた。
「あ……。2月14日」
「てるてる坊主ってどう吊したら雪が降ると思う?」
校舎の三階から中庭に生えている大きくも小さくもない木を見下ろしながらも少年は自分以外に唯一、この部屋にいる少女に問いかけた。しかし少女の返事は返ってこない。
「……返事なしか」
少年は横目で座っている少女の背中を見たが振り返ることは無く、机の上にある書類と格闘している。
視線をまた外に戻して軽く溜め息をついた。
「――雪が降ったら逃げる場所が減るんじゃあないの?」
「ん?」
凛とした少女の声に少年は疑問符を浮かべながらも振り返った。
少女は動かしていた手を止めて、シャープペンシルを机の上に置くと椅子から立ち上がった。
「それともホワイトバレンタインデーがいいの?」
少女は少年の横に立つと窓に手を当て、外を見た。
そこには一本の木がある。
「恋人の木。……校長もよくあんな木を引き受けたよね」
外の冷気が手に伝わってくるのに少女は窓から手を離さずに『恋人の木』と呼んだ木をぼんやりと見続けた。
少年も同じように『恋人の木』を見続ける。
「恋人の木、っと言ってもあれの場所を知っているのは俺とお前と校長だけだろ」
「……まぁ、そうだけども」
少女はそう呟きながらも手をきゅっと結んだ。
恋人と言うのは互いに相手を愛さなければ恋人にはなれない。どちらか一方通行ではだめ。
しかし恋人の木は一方通行を変えてしまう。そんな木だった。
昔、二人の女性が一人の男性を愛した。しかし男性は一人の女性を愛し、もう一人の女性を嫌った。
嫌われた女性は泣いた。しかしあきらめが付かない女性は最後にもう一度、告白をした。
――恋人の木の下で。白い雪が降るなか。ただ『好きです』、と。
最初男性は女性の言葉を聞かず、帰ろうとしたがその言葉を聞いた瞬間、まるで呪いのように……
女性を愛した。
恋人の木、そして白い雪に告白。それが呪いを引き起こすことが噂として真実として広められた。
以来、恋人の木にすがる人間は増えた。同時に恋人の木を嫌う人間も増えた。しかしこれまた呪いなのか木を切ることは出来ず、取れる措置はただ恋人の木を遠ざけることだった。
そして行き着いた場所がこの学校だった。
無論恋人の木の事を知っている人物は大勢いたが学校側の措置として木を何十本と取り入れ、学校の校庭に植えた。
現在、恋人の木が埋まっている中にいた木は校庭に移された。校庭ではなく中庭に恋人の木が埋まっているのを知っているのは生徒会長の少女と校長だけだった。
「……心配しているのか?」
不意に少年に問いかけられた言葉に少女は一瞬驚いた様子を見せた。
「恋人の木の場所がばれて、告白されることに」
少女は何も言わない。
少年は笑みを見せた。
「大丈夫だよ」
「……!」
少女はゆっくりと少年を見ると少年はまっすぐ少女を見ている。
「俺はお前以外の告白は受け入れない」
それに、少年は再び窓の外を見た。
空には灰色の雲がゆっくりと重そうにいた。
「それに雪は俺とお前が、去年の今日に会ったときに降っていた物だろ?」
だから雪は好きだ。
少年は微笑む。
少女も微笑む。
外にはちらちらと雪が降り始めた。
あぁ、まるで二人の絆を断ち切れないかのように固めるために。