旅 ―空への路―
重いまぶたを持上げるとかたい座席をガタン、とゆらして列車の窓はゆっくり風景をかえだした。
「いつ帰ってくるの、」そう言ったぼくに、彼はただへらりと笑った。
だんだんとながれていく窓の外はまだ薄暗く、けっして快適ではない車両にぼくの影をとかしていた。
彼を見送って10年、今ぼくは列車にのっている。
「旅」、と聞いて人はまず何を思いうかべるだろう。もし、旅と旅行の違いが「行」という字のあるかないかだとすれば、旅とはどこに向かうのか。
さて、ぼくはこれからどこへ行くのだろう。
しばらく窓の外を黙ってみつめていた。空はだんだんと白くなり、明るい光が一筋さしこんだ。錆びついた窓枠をすこしだけ引き下げると、冷えた空気が心地いい。
霞んでいた空は薄く雲が残るだけで、太陽の光が雲のスクリーンをとおして幾筋も伸びている。
「Jacob,s Ladder・・・」
彼から最後に聞いたことばに首をかしげたことをおぼえている。
雲間からさす光が天国へつづく階段のようだから、天使の梯子ともいうのだと嬉しそうに話していた。
むかしはあの階段をのぼれば、もう一度彼に逢えるのだと思っていた。
ぼくはどこへ行くのだろう。
懐かしむように手を伸ばしたが、天使の梯子はすでにとどかない。
ぼくはこれから行き先を探しにいく。
ぼくは旅をしているのだ。
セントラルのプラットフォームはもう見えない。手元には古ぼけた茶色のトランクと、よれたB等車のチケが一枚握られている。
窓の外は、ガラス玉のような透明な碧(アオ)がまぶしかった。