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夜を売る

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生まれて初めて彼女ができた。
俺より一年、人生経験が豊富な彼女は、美人で、いつも男を連れていた(次に見たときも同じ男を連れてるとは限らなかったけど)。俺もその男のひとりになったわけだ。
なのに、生きること全てを諦めているような、そういうほの暗い瞳がたまらなく好きだった。ほっとけないっていうか。あと、いい体してるし。
およそ素人高校生が持ち得ないくらいの色香を彼女は漂わせていた。

「私、セックスレス主義なの」
「えっ、いきなりなに?」
「だから、セックスしたいなら別の子探してね」
二人きりの俺の部屋で、唐突に言われたのはこんなことだった。雰囲気的には唐突でもなんでもないけど。要するに、艶を孕んだ『いい雰囲気』だった。平静を装ってはいたけど、内心は期待だらけだった。そういう年頃だからさ。
でも、彼女が嫌なら嫌で別にいい、とも思ってる。童貞なのに枯れてる俺ってどうなの。
「まぁ、いいよ、別に」
俺は正直にそう答えて、この話は終了した。


 という事があったのが、一ヶ月くらい前。そして、昨日俺は衝撃の場面に出くわした。遅くなったバイトの帰り、早く家に帰りたくてチャリで全力疾走をしていた時のこと。居酒屋通りにある商店でバイトしているので、帰り道はどうしても夜の匂いをさせたネオン眩しいものになる。その中のひとつ。逆にひっそりと静寂を保ってるビルのような建物、愛を確かめ合う場所、ラブホテルである。ちょっと遠出して、郊外は向かえば、これでもかというくらい主張の激しいもんだが(概観がお城だったり、もはや光源レベルの電飾だったり、一度聞いたら忘れられないくらいの名前だったり)、街中にあるものは、あまり存在を示したがらない。ともすれば、普通のビジネスホテルのようだ。と、思う(童貞が何故知っている、と言えば、バイト先のおばさんに聞いていたからだ)。少なくとも、ここで言うラブホテルはそうだった。
 その建物に、入っていく二人がいる。スーツを着込んだ男と、間違いない、俺の最愛の彼女だった。
ものすごいスピードで走っていたはずなのに、彼女の顔は鮮明だった。それは、俺の彼女に対する愛ってやつかもしれない。しれないのに、俺は見事裏切られたわけだった。

「見つかったのは初めて。別れる?」
バイト、あの辺だったんだ。彼女は悪びれる様子もなく言った。でも、開き直ってるって感じでもなくて、俺は少し戸惑った。彼女のほの暗い瞳が、さらに闇を増したようにも見えた。
「それより、理由を聞きたい」
「理由?」
「浮気の、理由。俺なんかした?」
下手に出てはみたものの、俺の心を占めるのは、俺にセックスレスを宣言しておいて、自分は堂々ラブホに行く、という矛盾した行動の真実だった。
「何もしてないわ。長く続いた方だし、あなたのこと、かなり好きよ」
「なら、なんで?」
「好きだから、なんだけど、たぶん理解できないと思う。聞いてくれる?」
そうして、彼女はぽつぽつとしゃべり始めた。


「私は早熟で、始めての恋人は、七つ上の大学生だった」
大学生が七つ上って、中学生くらいじゃね、と即座に計算してしまった俺はいやらしい男だ。いや、性的な意味じゃなくてね。確かに、これだけ美人だったら、中学生だろうとほっとく男は少ないだろう。…同年代なら。その大学生はロリコンと罵られてもいいはずだ。少なくとも、今彼の俺には。
「初めてのセックスもその人だった。もう、気持ちよくて、夢心地で、自分の全てが愛されているんじゃないかって、全てが許されているんじゃないかって、そう思った」
語りに熱くなったのか、普段の彼女からは想像できないほどに、勢いのあるしゃべり方だった。ぽつぽつと抑揚なくしていたのは、たちまちに語気荒く、声のボリュームも自然に上がっていく。彼女の瞳に光が差す瞬間を見た。
「淫乱だって思ってもいいよ。たぶんそうなんだと思う。あの時から、私はセックスのとりこになったの」

「その大学生は、次の年に上京しちゃって、そのまま」
そこで俺が思ったのは、こんなに魅力的な彼女を捨ててしまう彼のおろかさだった。少し大仰すぎたかな。とにかく、彼女を捨てた男は阿呆だって話。
「別に、未練とかはないよ。あるとしたら、次の次の次くらいの彼」
「凄く、好きだった。好きで好きで、自分はこんなにも人を好きになれるんだって思って、自分の全てを許してくれるっていうのが嬉しくて、……しょうがなかったんだけど、」
「?」
「凄く、下手だったの」
理解が追いつかなくて、ぽかんとした顔をした俺に、彼女はセックス、とだけ短く言った。あぁ、と俺は照れながら相槌を打った。童貞なんだもん。

「そうしたら、それだけなのに、急に好きじゃなくなっちゃった」
上気した頬が、いつもよりほんのりピンクで可愛らしい。でも、瞳はいつものほの暗さに戻っていた。
「あんなに好きだったのに」


「昔の男に未練があるのはわかったけど、それとこれは関係なくね?」
今の話から察するに、一緒にいた男がその未練のある彼だとは考えられない。セックスをする以外に、ラブホに行く意味なんてないだろ。
「未練……なのは、そんな理由で好きな人を嫌いになれる自分。でも今も、そんなに変ってないと思う」
「へぇ、そう、うん」
とりあえず俺は返事をした。正直、話の繋がりがよくわからなかった。
「あなたのこと、凄く好きよ。セックスしていないのに、全てを受け入れてもらえた気になる。一緒に居るだけで。わたしの偏屈なところも、突飛なお願いも許してくれた」
突飛なお願い、は、件のセックスレス宣言を指すのだろう。
「だから、嫌いになりたくなかったの」
彼女が、向き合ってる俺の顔に手をやった。心地よい温度に、頬が包まれる。
懐柔されたってやつ? これだけで、俺は彼女を全面的に許す気になっていた。
そのままキスをすると、彼女が遠慮なく舌を入れてきたので、今までの話はなんだったんだ、くそ、と思いながら体重を掛けた。申し訳程度に(本気だったのかも知れないけど、そこそこ体格の良い俺と華奢な彼女じゃ話しにならない)抵抗していたけど、そんなものは背中に腕を回し、ブラジャーのホックに手をかけた瞬間消え去った。うん、枯れてなかった俺。


一緒に居た男は、セックス欲(彼女のセックスへの渇望は、ただ単純な性欲、とはいえない気がする)が我慢できなかったときのピンチヒッターなのだそうだ。補欠に打席を任せるくらいなら、四番打者を呼んでくれと言いたいところだが、俺を嫌いになりたくなかった、彼女の(変な)いじらしさが感じられたので、もう追求しない。てゆうか、「俺とあの男とどっちが良い?」って聞いたら間髪居れずに「あなた…っ!」と答えてくれたので、もうあの男とは会わないだろう。
俺は自分の潜在能力に感謝した。


作品名:夜を売る 作家名:塩出 快