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恋する乙女のバレンタイン

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二月十四日―
 お菓子会社の陰謀が渦巻き、全国の恋する乙女と、わずかな期待を胸に抱いた男どもが浮き足立つ一日。そう、バレンタインデーである。
 そしてここにも、その魔力にとり憑かれてしまった少女が一人…

 バレンタインデーを間近に控えた休日の昼間。
 「カチッ…カチッ…」
 暗い部屋の中に、パソコンのマウスをクリックする音が響き渡る。
 「ふ、…ふおぉぉ…。見つけたー、見つけちゃったよぉ…!」
 明りもつけずにパソコンの画面をギラギラとした目で見つめているのは、市立の学校に通う中学二年生、森永恋来亜(ここあ)(十四歳)である。
 恋来亜は、昼間だというのに自室のカーテンを閉め切って、パソコンデスクの前に座り、頭から毛布を被っている。他人が見たらどこからどう見ても奇人変人である。
 「やった…これで…これで先輩に…うへへへぇ…」
 モニターを見つめたまま何やらブツブツと言っており、しまいにはじゅるりとヨダレを拭った。恋来亜が見ているホームページには、こんなことが書かれていた。

 「― ここに書かれている方法でチョコレートを作って、愛しのあの人に渡すと、なんと!絶対に両想いになれます!これであなたもラブラブ生活を始めましょう。レシピに使う《恋の秘薬》は、このページの最後をクリックして購入してね♪一瓶十ミリリットル入りでたったの二○○○円だよ!

利用者の声:
東京都Aさん「この《恋の秘薬》を入れたチョコレートで、今の彼氏をゲットしました!本当に感謝しています!これがたったの二千円で買えるなんて ―… 」

 どう見ても悪質なサイトだが、そんなことは、恋する乙女の眼にかかったフィルターの前では無意味である。恋来亜は早速、画面下のリンクをクリックして、《恋の秘薬》を注文したのだった。中身がただのガムシロップだとも知らずに。

 二月十三日。森永家のキッチンには、エプロン姿の恋来亜が立っていた。その両目には決意の炎。キッチンの上にはチョコレートの材料、そして昨日届いた《恋の秘薬》。準備は全て整った。
 まずは市販の板チョコを細かく刻み、お湯に浮かべたボールの中で溶かしていく。このあたりは流石女の子、慣れた手つきである。ふんふんと鼻歌を歌いながら、チョコレートをかき混ぜるカチャカチャという音で拍子をとっている。
 チョコレートが溶けきると、恋来亜はふうと息をつき、手の甲で額の汗を拭った。その拍子にチョコレートが鼻の頭に一滴垂れた。それを指ですくい、ぺろりと舐めると、大きく一度頷いた。
 そして、小さな小瓶を手にとる。その瓶には《恋の秘薬》と書かれていた。瓶の蓋をあけ、恋来亜はそっと匂いを嗅いでみる。すると、甘ぁい苺のような香りがふわりと鼻をくすぐった。
 実は、苺風の香料を混ぜただけのガムシロップなのだが、恋来亜は完全に疑うことを忘れている。惜しげもなく、瓶の中身を全て、溶かしたチョコレートの中に注ぎ込んだ。
 それからチョコレートを型に流し込み、少し冷ます。さらに、完全に固まる前に、ココアパウダーをふりかけた。それを冷蔵庫に入れ、数時間後…
 ついに、チョコレートは完成していた。
 恋来亜はそれを、可愛らしいハート型の箱に入れ、綺麗にラッピングをして、一度机の上に置いた。少し離れたところからそれを見て、それからもう一度持ち上げて裏や側面を細かくチェックした。
 全ての動作が終わり、自分のチョコレートが完成したことを知ると、恋来亜は無言でガッツポーズをした。しかし、それだけでは昂る感情を抑えきれなかったようだ。
 「イエス…イエスイエス…!イエーーーーース!!これで…これで、これで明日の放課後には先輩と…!おぉ、おおおぉぉ!いやっ、先輩、そんな、心の準備が…!あぁっっ!」
 などと、妄想全開でクネクネと体をくねらせながら大声で叫びだした。
 そんな、おめでたくも幸せ絶頂の恋来亜の背後から忍び寄る影が一つ。そして。
 ゴンッ!
 「うっさい!何騒いでんの!」
 恋来亜の母ちゃんだった。
 「ひえぇ、ごめんちゃい」
 恋来亜の眼の前には、げんこつのせいでチカチカと星が飛んでいたが、慌ててキッチンを後にした。

 「もう、本当に中学生になっても落ち着きのない子ねぇ」
 恋来亜のいなくなったキッチンに立つ母は、大きく一つ溜息を吐いた。そして、ある物を見つけた。不思議に思って、その小さな小瓶を手にとり、そこに書かれている文字を読む。
 《恋の秘薬》
 母はついに、頭痛で頭を抱えこんでしまった。
 「ったく、あのバカ娘…」
 母の苦悩は続きそうだ。

そして、ついに迎えた二月十四日。バレンタインデー当日。
恋来亜は放課後、中学校の校門の前で、憧れの先輩が出て来るのを待った。しばらくすると、その先輩が、友達と三人でやってきた。
「なんで友達も一緒なのよぉ」
恋来亜は泣きそうだったが、チャンスは今しかないという思いで、恋来亜はその先輩の前に飛び出し、恥ずかしさのあまり目をつぶって下を向いたまま、叫んだ。
「あのっ、これ、もらって下さい!」
すると、頭の上から返事が返ってきた。
「本当?俺に?いやー、一個ももらえないかと思ってたところだから、うれしいよ。ありがとう」
その声に安心して、恋来亜はやっと顔を上げた。しかし、そこにいたのは見知らぬ先輩。
あれっと思ったが、その人の隣には憧れの先輩が。
『しまった!下を向いて渡したから、間違えたー!』
心の中で叫んだが、時すでに遅し。先輩たちは通り過ぎていってしまった。恋来亜はアウアウと口を動かしていたが、右手が虚しく空気を切っただけで、結局何も言えなかった。

 そしてその夜。
 チョコを間違って渡した先輩から、メールが届いた。
 実は、チョコの箱の中には、恋来亜の想いと、メールアドレスを書いた紙が入っていたのだった。
 「手紙、読んだよ。俺でよければ、付き合うよ。実は、今日いた三人の中で、俺だけ彼女いなくてさ。いやぁ、これでやっと悔しい思いをせずにすむよ。今度どこかに遊びにいこうね」
 そのメールを読み、恋来亜は途方に暮れた。
 「なんだ、先輩、彼女いたんだ…」
 本当は、間違いだったと伝えようと思っていた恋来亜だったが、もうそれもどうでもよくなって、やめた。
 そういえば、今日チョコを間違って渡した先輩も、良く考えたら格好よかった気もする。
 「きっと、これも運命だったんだよ」
 思い込みの激しい恋来亜は、そう自分に言い聞かせると、なんだか本当にそんな気がしてきた。そして、パソコンを起動すると、インターネットのあるサイトを開いた。恋来亜が《恋の秘薬》を買ったサイトだった。そして、そこの掲示板に、こう書きこんだのだった。
 「《恋の秘薬》のおかげで、本当に彼氏ができました!」