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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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閉じられた世界の片隅から(3)

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3. さよならのその先を目指して


 そして、どれだけ夜を惜しんでも、朝はやってくる。
 こんな日に限って、外は雲ひとつない夏空。なんでもない時だったなら、今日はお昼を庭で食べようか、と言いたくなるような。こんな良く晴れ渡った日は、はしゃぎすぎた子どもたちがケガをして駆け込んできたりだとか、普段外に出るのを億劫がる人が散歩ついでに暫くぶりにやってきたりだとか、そんな日で。イスクさんがお弁当を持って遊びに来て、結局ばーちゃんやスーも一緒に、庭でお昼を摂る。
 だけど、もうこの診療所に患者さんは来ない。みんな今は、山を越えて国境を目指している頃だろう。イスクさんも、もうこの街にはいない。引越しの片付けは順調だろうか。
 この街で、今動いているのは、この家だけ。
 この街に残っている住人は、僕たちだけ。
 そしてその僕たちさえ、今日で此処を去る。此処には、誰もいなくなる。つい数日前まで、街には住人が溢れ、他所からやってきたあまり裕福でない旅人が城下町の物価高を避けてこの街に宿を取り、行商人が物珍しい屋台を広げていたのに。たくさんの人たちが、笑い合ったり、涙したり、怒ったり、穏やかな時を過ごしたりしていたのに。此処には、人が生きていたのに。
 そんなことがあったということが現実感を失うほどに、この街はもう、思い出の抜け殻だった。
 街はただの入れ物。本当の「街」は、そこに生きる人たちそれそのものだったことを、僕はやっと知った。そしてそれこそが、ばーちゃんの守ろうとしていたものだったことも。だから、こんなにもあっさりと、この場所を諦めることができたのだということを。
 だけど、それはこの場所が、意味のないものであることを意味しない。僕らの記憶は、ほとんどすべてがこの街の中でのもの。
 本当は離れたくなんかなかった。だけど、この「街」という入れ物に固執して、本当の中身を失うことはもっと嫌だった。
 だから今日、僕たちは此処を去らなくてはならない。
「フィズラク、あんまりサザに世話かけさすんじゃないよ」
 いつものような言葉。それに対する反応は、いつも通りじゃない。
「大丈夫だよ……。私だって、しっかりする」
 泣いてはいない。けれど、いつものような膨れっ面を作ることは、できなかったみたいだった。
「ばーちゃん、絶対、絶対、元気で居てよ」
「ああ」
「絶対だよ」
「……大丈夫だ」
 ばーちゃんははっきりと、そう答えた。
「正直な話、イスクちゃんが居る限り、カラクラの扱いはそう悪くないはずだ。あの娘は軍部にとって確かに厄介だけれど、あの才能を捨てるにはあまりに惜しい。……軍が容認できうるレベルのものである限り、彼女の要求は多分通るよ。イスクちゃんの立場に甘えるようで悪いけれど、安心して行け」
 そう言ったのは、じーちゃんで。「迷惑にならない程度に手助けを頼むのは、そんなに悪いことでもないよ」と言ったその顔は、リーフェさんやインフェさんたちの話をしてくれたときと、同じくらい真剣だった。
 だけど、僕らの顔をちらりと見て、じーちゃんは直ぐに、いつもの軽い笑顔を浮かべて。
「だいたい、カラクラだよ? そう簡単にくたばると思うか? こいつは昔身代金目当てで誘拐されて、逆に相手の身ぐるみ剥いで自力で家に帰ってきたような奴だぞ?」
「「はぁ!?」」
 僕とフィズの声が重なった。なんだよそれ。そんな話初耳だ。両親が診療所も兼ねて立派な家を建てた為に、貧乏にも関わらず金持ちだと思われて誘拐された話は知っている。けれど、そんな武勇伝は知らない。隣に居るフィズもぽかんと口を開けて、柘榴石と猫睛石の瞳をまん丸に見開いて、ばーちゃんを見ていた。
「まったく、そんな六十五年も昔の話を蒸し返すんじゃないよ」
「当時十歳!?」
 ますますもってとんでもない。だいたい、ばーちゃんはこの街ではかなり珍しい、先天的に魔力をまったく持たない体質だ。魔法が使えるならまだわかるけれど、それすらない年端もいかない女の子が荒くれ者たちの身ぐるみ剥ぐって。
 何かを言おうと思うのだけど、口から言葉が出てこない。ああ、どうしてばーちゃんといい、イスクさんといい、フィズといい、僕の身近な女の人たちは、こんなに腕に自信があるような人たちが揃っているんだろう。正直言って、自分が情けなかった。現在の僕がひとりで誘拐されたとして、自力で逃げられる保証すらあまりないというのに。
「はははっ。まあ、そんなわけだ。カラクラのことは心配いらないよ。多分俺より強いし」
「……ったく。そのあたしにへらへら笑ってくっだらないこと言って怒らせては負けなしの奴が何言ってんだい」
 ……強いなぁ、この二人。そんな、間の抜けた感想しか出てこない。過去を掘り返したならば一体どれだけの武勇伝が出てくることだろう。本当に強い。これだけ、僕も強くなれたらいいのに。
 だけど、じーちゃんが僕たちを不安がらせまいと言ってくれていることはわかる。
 だから、僕もふたりに心配をかけたくない。それが僕が今できる、最大限の強さ。
「わかった。じゃあ、元気でいて。…絶対、また会おうね」
「ああ。むしろ、お前たちこそ、必ず無事でいるんだよ」
「うん」
 迷わない。できる限りはっきりと、僕は応えた。
 僕は、そう簡単に死んだり傷ついたりできない。それで悲しむ人がいることがわかったから。
 それに、フィズのことは絶対に傷つけさせないし、死なせない。それが悲しいのは、僕だ。
 絶対守る。そう、思うけれど。
「大丈夫よ。サザのことは私が守るし」
 その言葉を、否定できない僕がいる。少し悲しいことに。
「その分、僕がフィズのフォローをするから心配しないで」
「フォローって」
 フィズが僕を少し睨んだ気がするけれど、多分、間違ってない。
「だから、フィズは思う存分暴れてよ。多少のことなら僕がなんとかするからさ」
「……ありがと」
 多分、僕らはこれでいい。自分の苦手な部分で誰かの力を借りることは悪いことじゃないとじーちゃんは言った。
 僕には、できないことがある。それは、ひらめきとしか言いようのない咄嗟の判断の良さや、魔法や。あと、口からでまかせを言う能力も、多分フィズのほうが良いだろう、僕よりも人と話すことが得意な分。子どもの扱いもそうか。必要とあらば平然とした顔でしれっと大嘘を吐ける舞台度胸もある。僕は割りとそういうのが顔に出やすいので、嘘を駆使するような交渉や、芝居には向かない。
 だけど僕にもフィズより得意なことがある。じっくりと時間をかけてひとつの物事を思考すること。手先だって少しは器用な部類に入るはず。道具や機械の取り扱いも、それなりに得意だという自負はなくもない。あと……少なくとも、料理やお茶を淹れることは、それなりに自信がある。
 それになにより、性格が真逆なこと。
 僕もフィズも人見知りはしないけれども、お喋りで誰にでも平気で話しかけ、人当たりのいいフィズは、あっという間に人脈を広げることができる。僕はそもそも話すより考えるほうが好きだから、会話のきっかけがなかなかつかめなくて人と仲良くなるのに時間がかかる。一度仲良くなれば、それなりには話せるのだけれど。