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ある老人の話(オリジナル短編)

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――坊やが生まれるずっと前、まだ私が若かった頃の話だ。当時私はある若い男の貴族の護衛をしていたんだよ。
……護衛って?
――大きなお屋敷の門に立って、変な人が入ってこないように警備することさ。
……変な人が入ってくるの?
――はは、坊やにはわからないかもしれないが、その頃はまだ平和な世の中じゃなかったんだよ。それでも、庭は綺麗だった。一年中何かしら花が咲いていてね、色とりどりの景色が素晴らしかった。一日中、門に立っていても苦痛じゃなかったな。
――私が門の警備を初めて二度目の夏、若い男の貴族にお嫁さんが来たんだ。小さくて可愛らしくてね。でも我々とは目の色が違ったんだ。
……へぇ!何色だったの?
――私たちは緑色だろう?お嫁さんの目は薄い桃色だったんだ。
――お嫁さんは遠くの国から来たんだ。とっても遠くて、今でさえ気軽に行けない土地だ。帰れない。まるで籠に入れられた鳥のようだった。
――男の貴族はまだお嫁さんが欲しくなかったようでね。言葉がわからない彼女をずいぶん虐めていたんだ。
……えー!可哀想!
――私もそう思うよ。
――お城に閉じ込められた彼女が唯一外を感じられるのが、私が番をしていた門に続く庭だった。やがて彼女と話すようになり、仲良くなっていったんだよ。

――おっと、お茶がわいたね。
……ごめんなさい。僕、
――いや、良いんだ。もう、良いんだ。

そう言うとおじいさんは違うティーカップにお茶を注ぎました。

――最初は笑顔を見せなかった彼女も、次第に笑うようになった。彼女はとても努力していた。男と仲良くなろうと必死だった。
――理由を聞けば、国を背負っているから。好きな人がいないのかと聞けば、嫁いでくるときそんな想いは捨てたって言うんだ。
――彼女は健気だった。あんなに酷い扱いを受けても男に一途だった。
――たまに、目の色があなた方と同じ綺麗な緑なら、とも言っていた。



――ある日、私は彼女が好きだと気付いたんだ。
……えっ、でも貴族のお嫁さんでしょう?
――ああ。そうだよ。
……それで、おじいさんは、どうしたの?
――ある晴れた日の午後、私は木陰に隠れて彼女にキスをしたよ。彼女は笑って「この国の挨拶ですね。」と言った。
――でも彼女も気付いていたんだ。私が彼女を好きだってことに。
……お嫁さんは、おじいさんのことを好きだったの?
――そうさなあ、わからないな。
――それから毎日、庭を散歩しながら隠れてキスをした。抱き締めるようにもなった。彼女は抵抗しなかった。
――抱き締めるようになって、わかったことがあった。小さな彼女が、どんどん痩せていくんだ。
――私は彼女の心の支えになりたかった。
……それで?
――それで……、男の貴族から解雇されてしまった。きっと彼女との関係がばれてしまったんだろうね。この割ってしまったティーカップは、彼女と一緒にお茶を飲んだ時に使った物なんだ。私が去るときにくれた。
……、……。
――別れの日、彼女は黙ってティーカップをくれた。
――その後、辛いことが彼女の負担になり口をきけなくなったことを知ったよ。
――そして私は新しい仕事を見つけた。王様の門に立って、変な人が入って来ないように見守る仕事だ。
――やがて、王様は死んだ。王様の次は誰が王様になるのか、すごくもめたんだ。
……すごくもめたの?
――ああ。王様は子どもがたくさんいたからね。
――そして、新しい王様が決まった。





――それは、あの貴族だった。
――ただし、お嫁さんは彼女ではなかった。目の色が緑色だった。





……前のお嫁さんはどこに行ったの?
――さあ……。私にはもうわからない。





――君がティーカップを割ってしまったことは気にしなくていい。もう、時効だったんだ。
……『じこう』って?
――もう諦めなさいってことさ。



――さあ、お茶が冷めてしまう。早くお飲み。
……わーい!頂きます!





……そう言えばおじいさんも立派なお家に住んでいるね。
……庭も広いし、門もある。
――ふふ。あの貴族が住んでいたお家を買ったのさ。



――ここで待っていれば、お茶の時間に彼女が現れる気がしてね。