篠原 クリスマス
本来、男ばかりの彩のない職場だというのに、机には、キャラクターものの小さなツリーとか、クリスマスに贈られるカードなんてものが飾られている。これら、すべてが、その約二名によるものだというから、驚きだ。
「まあ、いいんじゃないですか? 平和ってことで。」
ぺりぺりと、そのアドベントカレンダーの扉をひとつ開けて、若旦那は取り出した小さなチョコを口に放り込んだ。
「平和で片付けるなよ。」
「でも、平和だから、イベントごとの騒ぎが派手にできるんだと思いませんか。」
「まあ、そうだけどさ。・・・・なんか、うるさいんだよ。」
毎日、女性陣が顔を出してくる。だが、約二名は、それを知っているから、この部屋に留まっていることは少ない。友人として付き合っているだけの相手から、クリスマスの約束を強要されることを避けているらしい。
「しょうがないでしよう? 派手な金髪のハンサムと、クールビューティーな黒髪のハンサムなんだから。引く手数多なのは、当たり前です。」
もうひとつのアドベントカレンダーの扉を開けて、若旦那は、楽しそうに、笑っている。どうやら食べ物ではなかったらしい。
「天使ですって。・・・・うーん、とりあえず、ジョンの机にでも飾っておこう。」
おそらく、クリスマスが終わったら、細野によって不用品として処分されるだろうちゃっちい天使の人形を、若旦那は、金髪のハンサムの机に飾っている。
「あいつら、どこ行った? 」
「電算室か、それとも、清水さんとこか、朴さんとこですかね? いや、梁さんとこかも? 」
「つまり、どっかに紛れ込んで仕事を手伝っているわけか? 」
「ええ、うちには、今の所、急ぎのモノは持ち込まれていないですから。・・・・橘さんは、午後から会議でしたよね? 僕は、何をしようかなあ。」
さすがに、全員が部屋から消えるわけにはいかないので、午後から、どちらかが戻ってくるだろう。若旦那は、留守番とみなされないからだ。一応、この若旦那、扱いはバイトだし、留守番なんかさせようものなら、確実に拉致される。この閑職にのほほんと居座っている若旦那の才能を貸してくれという部署は多いのだ。その監視も兼ねて、誰かが若旦那と一緒に、ここに詰めているということになっている。いつもなら、補佐役の細野がいるのだが、研修で出かけている。
「暇なら、クリスマスカードでも作って、おまえの保護者たちに贈ってやれ。泣いて喜ばれること請け合いだ。」
「ああ、それはいいですね。」
よしよし、と、オフコンの前に座った若旦那は、カードの素材になりそうなものを、ネット上から探している。
・・・・まあ、ほんと、平和だよな・・・・・・
年末の忙しい時期だというのに、クリスマスカードを職場で作っているという段階で、しみじみと平和だと、橘は口元を歪める。それを受け取る相手も、若旦那が暇で、のほほんとしていることがわかって喜ぶだろう。それまでの激務を鑑みても、こんなふうに内職に勤しむ時間なんてなかったのだから。
「ああ、忘れてた。小田さんから、急がないけど意見欲しいって資料が来てました。」
あそこに、と、封筒に入った書類を差し出された。小田は設計課の人間だから、設計段階での問題点だろう。それを目にして、そこにつけられている付箋の文字に、橘のほうは頭痛がしそうになった。それは、現在、極秘裏に進められいるはずの新造艦のエンジンについての設計書の一部だったからだ。
「おま、これっっ。」
「エンジンがね、うまく収まらないんだそうです。」
「いや、これ、うちで意見を出すような代物じゃねぇーだろ? 」
「専門機関にヒアリングする前に、とりあえず、見て欲しいということだったんです。どう思います? 」
どうもこうもねぇーよ、と、橘は息を吐く。それは、専門の研究所で検討されるような内容で、一介の技術屋が、意見できる代物ではない。で、さらに、イヤな気分にさせるのが、すでに若旦那が、それに意見をつけているという事実だ。それも、理論上と実際の換装時の問題点なんてものまで追求してある。
「これ、いつ持ってきたんだ? 小田さんは。」
「昨日の夕方だったかな。そんなもんでいいですよね? あんまり詳しく書かなくてもいいだろうと思って、ピンポイントの意見だけ。」
りんさんにも見せておきますけどね、と、若旦那は手を動かしつつ、そう言う。たぶん、りんが、さらに書き込みしたら、もう、どっかの研究所とかへ照会の依頼なんてしなくてもいいんでは? と、橘は、思いつつ、「好きにやってろ。」 と、資料を投げ出した。何気なくやっている若旦那の仕事は、それだけで、バイトの給料を遥かに上回る価値がある。だから、誰も、この若旦那が、のほほんとしていても職務怠慢だと指摘することはできない。
「やっぱり、動くほうがいいですよね? 」
「うん? 」
「カードの中身。メールで送るから、カード仕様にして、開くとトナカイが飛んでくるとか、そういうのが楽しいかな? と。」
「いいんじゃねぇーか。」
「橘さんにも贈りましょうか? ・・・・・そういや、イヴのメニューにリクエストあります? 」
クリスマスに過ごす相手がいないので、必然的に、若旦那のところでメシを食う。たまに、若旦那の実家のほうへ一緒に出向くこともあるが、今年は、家でやるのだと言われていた。
「煮物食いたいなあ。フロ吹き大根とかさ。」
「クリスマスに大根? まあ、いいですけどね。他には? 」
「鶏さ、焼くのはいいけど、塩味だけにしてくれないか? タレは甘くて食べにくい。」
「ああ、はいはい。それ、雪乃も言ってたから、そうします。」
「あれ、えーっと、あれ、なんて言ったかな? ・・・・・あー、あれ、あのクリスマス定番のヤツさ。」
「え? どんなもの? 」
「なんとかいうプリン、あれ、まずいから止めろ。」
「クリスマスプディングですか? うーん、あれ、もう作ってしまったからなあ。食べなきゃいいんですよ。」
そんなふうに、ダラダラと、ふたりして、クリスマスイヴの食事について話し合っていたら、外から麟が戻ってきて、「あんたら、その熟年夫婦みたいな会話はなんですか? 」 と、呆れていた。
後日、若旦那から送られて来たメールの添付されたグリンティーングカードは、かなり凝ったもので、若旦那の保護者連中が感激して、いろんなお菓子が送られて来た。