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愛の劇薬

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01



「帝人君!」

 ぱあっ、と花が咲くような笑顔。
 折原臨也のそんな顔を見たら、彼を良く知る者は即座に逃げ出すだろう。
 何か悪いことが起きるという直感。彼の機嫌が良いときとは、全人類にとって不幸なことが起こる予兆である。

 信じがたいような満面の笑みを浮かべる臨也は、帝人に思い切り抱きついた。抱きついて、頬ずりしている。
 視界への圧倒的な暴力。周囲を歩く一般人たちは、何も目にしてはいないといった風に普通を装って歩いて行く。二人の周囲は不自然に人がいない。皆が避けて歩いているからだ。

「臨也さん、放してください」
「無理!だって帝人君とくっついてたいんだもん!帝人君だって俺とくっつくことを望んでるだろ?だから絶対放さないよ」
「それなら手を繋ぎましょう。恥ずかしいんです、こんなところで」
「しかたがないなあ。帝人君がそう言うなら、妥協してあげる」
「ありがとうございます」
「じゃ、どこいこっか!帝人君の家?あ、でも俺のとこのが涼しいよ。クーラーつけっぱなしにしてあるから!やっぱり俺のマンションに行こう!」
「それ、僕に聞く気ないですよね……」

 帝人の右手を掴んで引っ張りながら、ご機嫌で歩いて行く臨也。
 その姿を見て、帝人は唇を噛んだ。楽しそうに嬉しそうにしている臨也とは酷く対照的なその様子。

 二人は昨日まで、恋人同士ではなかった。友人でもない。ただの知人、といったところである。しかも実は友好的ではない関係。

 折原臨也にとっての竜ヶ峰帝人は、興味深い人間の一人。
 ダラーズの創始者で、ブルースクウェアのリーダー。情報処理能力が一般人より高く、人脈が豊富。非日常に恋焦がれている変わり者。一見すると普通の少年だが、どこか謎めいた部分もある。臨也の帝人への興味関心は今のところ尽きる様子がない。

 竜ヶ峰帝人にとっての折原臨也は、優しい人。
 情報屋をしていて、ちょっと頭の螺子がおかしい。けど、頭の回転は良い。平和島静雄と張り合えるだけの力を持っている。口が上手く、人を動かすのが得意。非日常の代名詞のような人。どこか得体の知れない部分もあるが、少なくとも帝人にはとても優しい。今の帝人にとって、拠り所とも言える人物。

 そして帝人は、臨也という存在に恋をしていた。

 帝人以外の誰も知らない真実である。帝人は、自分の想いを誰にも言っていないのだから。
 男同士の恋愛など気持ち悪がられるに違いない。もし誰かに話したら、情報屋である臨也はその話をどこかで耳にしてしまうかもしれない。帝人が臨也に恋をしていると知ったら、優しかった臨也はいなくなってしまうような気がした。どこから漏れても困る話は、誰にもできるはずがなかった。
 帝人の疑心暗鬼は膨れ上がり、それと共に募っていった恋心の行き場もなかった。

 この感情はずっと隠していく。そのつもりだったのだ。あの薬を、目にするまでは。
 人間とはやはり欲深い生き物で、自分の願望が現実になる可能性を目にすれば縋り付いてしまう。その結果として最悪の結末が用意されていることが分かっていても、手を伸ばしてしまう。
 
 竜ヶ峰帝人という少年も、そんな弱い人間のひとりに過ぎなかった。



作品名:愛の劇薬 作家名:神蒼