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山田文公社
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『坂』【掌編・文学】

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『坂』作:山田文公社

 坂道を下り降りていく。急な斜面には申し訳程度の滑り止めが設けられていて、それに靴底を噛み込ませるようにして下っていく。別にそのようなことをしなくても坂から滑り落ちて行くことはないのだが、大根下ろしのような細かい波が刻まれた地面に靴底を噛み込ませるのが、面白くてそうしているのだ。
 もうこれは子供の頃からの癖なのだろうと、下りながら記憶の糸を辿った。まだ小学校の3年にあがったばかりの頃に両親の急な転勤でここへと引っ越してきた。長い坂道の上にある家は一見して立派ではあったが、暮らすには不便な家だった。買い物も長い坂のしたの商店街まで買い出しに行き、この長い坂を重い荷物を手に登って来なければならないのだ。スリムな母が立派な体型になったのも恐らくこの坂の仕業だと思った。当然ながら僕も例外では無かった。友達の家から遊んで帰るのにこの坂はきつい、制服のズボンのサイズを2サイズ大きめにしなければ、足が入らないのだから、どれほどの坂を日々登ったかは想像に難いと思う。

 ある時公園でサッカーをした帰り押して上がっていた自転車の前かごからボールが飛び出して道を下って行ったことがあった。一瞬で勢いをつけて坂を転がり小さくなっていくボール。ただそれを見送る時のもの悲しさは今でも覚えている。

 冬のある日には雪が踏み固められて凍結し、地面が凍ったことがあった。滑ったら坂を一瞬で滑り台のように下っていってしまう恐怖でいっぱいだった。そう、あのボールのようにものすごい勢いで滑り落ちて行く恐怖から足を踏みしめたのだ。だが恐れているようなことは起きなかった。目の前でおばあちゃんが滑ったが、滑り落ちていくようなことは無かった。拍子抜けして慎重に歩いているのが滑稽に思えた。
 きっとそれから坂道を踏みしめて歩くようになったのだと思う。あの時の恐怖からくる自分の異常な慎重さは今でも可笑しかった。歩くたびに思い出していたが、いつしか癖だけ残り理由をすっかり忘れていたのだ。
「そりゃそうだ、もうあれからずいぶん経ったんだから」
 坂道を下りながら眺望できる町並みは変わってはいないというのに、時間はずいぶんと過ぎてしまったことを感じて、つい独り言がでていた。

 実家から離れてもうずいぶんと経っていた。大学を出て上京した僕は実家に顔を出さなかった。実のところ父と折り合いが悪くて近寄らなかったのだ。いわゆる父は仕事人間で、会社の為に死ねるような人だった。
 そんな父は僕をまともな大学へと入れたかったようだが、あいにくと僕の出来が悪くて仕方なく三流の大学へと入れたのだ。そのことで確執が深まったのは確かだった。帰郷するたびに説教のようなお小言を延々と僕に言い、僕は少しずつ実家から離れていく、いつしか近寄らなくなっていた。
 僕は正直なところ父が嫌いであった。家の行事にも参加せず、来る日も来る日も仕事漬けの父を子供ながらに心底嫌っていた。しかし上京し働き始めると遺伝なのだろうか、僕も父と同じ道を辿っていた。僕は来る日も来る日も仕事漬けで、過労で倒れたこともあったが、しかしそれを苦痛と思わずむしろ誇りと感じるのだから、僕も父と変わらない立派なワーカーホリック(仕事中毒)だった。
 そんなとき実家から電話があった。それは父が倒れて……亡くなった知らせだった。
 僕はすぐに実家へと戻った。泣き崩れる母をなだめ、葬儀の準備をし、父の知人に手紙を送り、私物を整理して、弁護士を呼び遺産相続の手続きを始め、葬儀に来た父の知人や友人に一族を代表した挨拶をしてまわり、全てが終わり一息ついて、いまこうして坂道をおりている。

 こうして歩いていると、人生が長い登り坂である例えが少しだけ判った気がした。

 父は僕の心からこぼれたボールだったのだ。そして登っていた坂が急勾配だった。だからボールはすぐに遠く小さくなり、僕は見送るばかりで追いかける気力を起こせなかった。でもすぐに追いかければボールはまだこうして手の中にあったのだろう、遠く小さくなったボールを放置したから、ボールはどこかへと無くなってしまった。
 肉親を失った。だけど何も実感がわかなかった。それはあのとき無くしたボールが出てきたような気分だった。

 下りて来た道を振り返る、昔と変わらない長い坂が続いていた。毎日通った道だったのに、なぜだか見知らぬ道に見えた。一度でも見送ってしまえば、それは失われたのだ。ボールも、父も、気持ちも、思い出も、何もかもがこぼれ落ちて、追いかけずに見送ってしまった瞬間に失われる。それは思い出になり、二度とは還らない。

 手放したく無いものはしっかり持たなくてはならない、もし離れたなら必ず追いかけなくては行けない。見送ったものは手放したのだ。

 人生は坂だ。

 商店街で買い物をして重い荷物を抱えて坂を登っていく。そこで母の日々の苦労をしり、一歩を踏みしめて、少しずつ登っていく。いずれは僕も父と同じく登りきる、まだ少し道のりはあるだろうが、長い坂を上りながら過去を顧みる。追いかければ間に合うかもしれないものを数えて夕日を背中に家路を急ぐ。
 まだ間に合うことを祈りながら。