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不思議の国の亡霊

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4.2011/02/20更新




 フランシスに相談するとはいっても、彼と会うのは容易ではない。
 連絡先も住んでいる場所も知らないのだ。唯一アルフレッドにもわかっていることと言えば、フランシスという名前とアーサーとおなじ大学に通っているということだけ。
「自分で相談に乗るって言っておいて……つめの甘い人なんだぞ」
 苦々しい気分でつぶやく。話を聞くと言うのなら、個人的に連絡が取れる手段を提示しておいてほしいものだ。
 かと言ってアーサーにフランシスの連絡先を聞くわけにもいかない。どうして、なにを話すんだ、とアーサーにしつこく聞かれてしまうだろう。そうなればアーサーを連れていかなくてはならなくなる。彼の『病気』のことを話すのに、彼自身がいては話にならない。
 アーサーの通っている大学の傍で張っておこうか。それが一番良いのかもしれない。そんなことをアルフレッドが考え始めたある日、フランシスはひょっこりと現れた。
「お、アルフレッド!」
「フランシスじゃないか!」
 アルフレッドがいつも使っている駅の改札を抜けたところで偶然出会った彼は、前に会ったときとまったくおなじ笑顔を浮かべてアルフレッドの傍に歩いてくる。
 どうしてこんなところに、と聞こうとして、アルフレッドはその理由を思い至りくちを閉じた。前に会ったとき、彼はここが意中の女性が住んでいる家に近いのだと言っていた。なので今日もその女性のところにいたのだろう。
「ちょうどよかったんだぞ! きみに聞きたいことがあったんだよ」
「おうおう、だろうねえ。いいよ、なんでもお兄さんに聞きなさい」
 なにがそんなに嬉しいのか、やたらと得意げな顔でうなずくフランシスをうながしてアルフレッドは駅前のコーヒーショップに向かう。そこでは相談代としてコーヒー一杯をフランシスにおごり、ふたりがけの席へ腰をおろす。
 時間も遅いからか、コーヒーショップの中は閑散としていた。ゆったりと流れるジャズの音の隙間を縫うようにして、店内にいる数人のささやき声が聞こえてくるていどだ。
 窓辺のふたりがけの席。丸いテーブルの挟んだ向かいに座っているフランシスが、カップに入ったコーヒーをひとくち飲んで「で?」と話を切りだしてくる。
「聞きたいことってやっぱりアーサーのことだよね?」
「あたりまえじゃないか。それ以外にきみに聞きたいことなんてないぞ」
「……おまえ、けっこう失礼なヤツだな」
 フランシ
スは表情をひきつらせながらそう言う。けれどすぐに肩をすくめて表情を穏やかなものにもどし、コーヒーの飲んでからアルフレッドに改めて視線を向けてくる。
「んで? 俺にアーサーのなにを聞きたいんだよ」
 その視線にうながされ、アルフレッドは一度うなづいてから答えた。
「俺……アーサーのこと、治したいって思ってるんだ」
「治すって……」
「いまのアーサーはほんとうのアーサーじゃないんだぞ。俺はアーサーのことが知りたいんだ。生まれて、学校に通って、どんな趣味があって、なにが好きなのか」
 迷いなく強い口調でフランシスに訴える。彼にこんなことを言ってもしょうがないのかもしれないけれど、この想いが揺るがないことをだれかに宣言したかったのだ。
「俺、彼のことちゃんと知りたいんだ。変なフィルターを通さない、彼のほんとうの真実が知りたい」
「……そうか」
 アルフレッドの決意を感じ取ったのか、フランシスは数秒の沈黙を置いてから深々とうなずいた。
「それで、それを踏まえたうえで、俺になにを聞きたいんだ?」
「アーサーがこうなったのは、いつのことなんだい」
「あれはたしか……」
 フランシスは考え込むように人差し指を顎に添える。そして視線を遠くにさまよわせ、うーんと低いうなり声をあげてからゆっくりとくちを開いた。
「大学に入り始めたころだったかな。でも、いまみたいにずっとってわけじゃなかったというか……」
「どういうことだい?」
「初めは俺のことをフランスって呼んで、そう呼んだ自分に驚いてるみたいだったってこと。そんな感じで、しばらくは自分で言って自分で驚いたり、自分がなんかよくわからないことを言ってるって自覚してるみたいだったんだよ」
「じゃあ、だんだんといまの状態になったってこと?」
「ああ。ゆっくりとそういう、誤差みたいなのがなくなって、意味不明なことを実体験したみたいに話すようになった」
 ふむ、とちいさくつぶやいてアルフレッドは考え込む。
 もともとあの状態でなかった、というのは新たな真実だが、解決への手掛かりにはなりそうにない。
 すこしずつ、自分のことをイギリスという『国』だと言うようになった。そしておなじように、周囲にいる人で特定された人物だけを『国』の名前で呼ぶようになり、歴史に関してのことをまるで体験してきたように話すようになった。
「そういえば、趣味とか嗜好は変わったのかい? 好きな食べ物が変わったとか」
「うーん、どうだろうなあ。そういう変化はなかったと思うけど、俺もずっと一緒にいるわけでもねーし」
「そうかあ」
 あんまり役にたたない人だなあ、なんて言葉はこっそり胸の中だけでささやいておいた。それを敏感に察してか、フランシスは慌てたようすで話しだす。
「そういえば、アーサーのおばさんが言ってたけど、カウンセリングで催眠療法を試そうとしたんだってな」
「催眠療法?」
「ああ。もしかすると前世の記憶がどうのってーってなんだかオカルトちっくな理由でな。アーサーもそりゃあもう嫌がって、けっきょく試しはしなかったみたいだけど」
「前世の記憶ねえ……。それはなんともオカルトチックだ」
 テレビの特集なんかで見ると面白いと思うのかもしれないが、身近な人間がその対象になると思うと話はべつだ。そんな、あやふやなものが原因だなんて言われるのは気持ちの良いものではない。
「あいつがイギリスで、俺がフランス。そんでおまえが」
「アメリカだぞ」
「そうそうアメリカな。まあでもアメリカで生まれ育ってんだから、あいつ自身がアメリカって言うんならわかるけど、なんで自分は行ったこともないイギリスなんだろうねえ」
「えっ、アーサーって生まれも育ちもアメリカなのかい?」
「ああ、そうだぞ。ついでに俺もずっとアメリカ育ちだ」
「キミのことはどうでもいいよ」
「ひどいっ!」
 おおげさな態度だが、本気で気分を害したようすではない。知り合ってまだ日の浅い男ではあるが、これがこういう性格なのだともう理解できた。なのでアルフレッドも気にすることなく、アーサーのことを考える。
「イギリス……イギリス……。なにか訳があるのかなあ」
「どうだろうな」
「もともとイギリスに興味があったとか?」
「さあ? 聞いたことはねえけど……」
 フランシスは肩をすくめてそっけなく言った。わからないと言うのならこれ以上の質問も意味はない。アルフレッドもくちを閉ざし、コーヒーの水面に映る光の波紋をぼんやりと眺める。
 アーサー。病気。イギリス。この言葉が頭の中をぐるぐると回る。
 自慢ではないが、アルフレッドは思慮深い性格ではない。思いついたら即実行。行動のあとに結果がついてくる、というのが自分自身の信条なのだ。
「……実行」
 アルフレッドは呟いて、ハッと気がつく。
作品名:不思議の国の亡霊 作家名:ことは