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不思議の国の亡霊

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3.2011/02/12更新




 季節は夏の目前まで来ていた。大学はそろそろ試験期間に入り、それが終われば長い休暇になる。
 アーサーは暑い季節が苦手らしく、最近は目に見えて食欲が落ちているようだった。冷たい物ばかり飲んでいるので父や母も心配している。年中アイスばかり食べているアルフレッドは夏だからと食欲が落ちることもなく毎日元気に三食、さらにおやつも完璧に食べているので、夏だからと食欲を落とす繊細なアーサーが不思議でならなかった。まるで女の子だな、と思ったのはアーサーには絶対に秘密だ。
 夏バテ気味でもまじめな彼は、一日も休むことなく大学に通っている。体調が悪いのなら一日や二日休めばいいのに、植物は一日だって待ってくれないとアルフレッドの言葉など聞きもしない。そのせいで、このあいだ駅のホームで気分が悪くなって動けなくなり、たまたま帰宅したアルフレッドが見つけて連れて帰ってきたのだ。
 アルフレッドの大学は、アーサーの通っている大学の最寄り駅をふたつ越えたところにある。だからアーサーと時間が合えば、できるだけ一緒に家をでるようになった。アーサーは申し訳ないと言って遠慮しているが、夏が終わるまでは続けるつもりだ。

 今日の朝食も、アーサーはアルフレッドの半分以下くらいしか食べなかった。隣に立つ横顔も、心なしか青ざめている気がする。もともと男にしては線の細い人だからか、やけに危なっかしい印象を受ける。
「……大丈夫かい?」
 その儚げなようすに思わず声をかけると、アーサーはきゅっと表情を引き締めた。あ、失敗したなとアルフレッドはすぐに思う。こんなあからさまに「心配してます」みたいな言い方をしたら、アーサーはすぐに自分を取り繕ってしまう。この数カ月で学んだはずなのに、頭に浮かんだ言葉をついすぐに音にしてしまう。
「なにがだ? 俺は大丈夫だが」
 アーサーはほんとうになんでもない顔をして、なにもないという声で答えた。気力で顔色さえ変えるのだから恐れ入る。
 こうなってしまえばアルフレッドがなにを言ってもシラをきられるだけだろう。体調を心配させないための、アーサーなりの気の使い方なのだろうが、それがアルフレッドには歯がゆく感じる。
 どうしてもっと頼ってくれないのだろう。体調が悪いのなら悪いと、身体がだるいのならだるいと言ってくれればいい。そうすればアルフレッドも大丈夫かいと声をかけて手を差し出すことができるのに。
 歯がゆい気持ちを腹の中でこねくりまわしていると、遠くから「アーサー」と呼ぶ声が聞こえてきた。呼ばれた当人でるアーサーとまったくおなじタイミングでアルフレッドも声がした方へと顔を向ける。
 そこにはひとりの男が立っていた。
 顎のあたりで切りそろえられている緩やかな波を描く金髪が、風に揺れてふわふわと揺れる。初めて見る男だが、かなりの美形であることはアルフレッドにもわかった。なにせ、その男とすれ違った女の子が次々と足を止め、男をもうひと目見ようと後ろを振り返っていくのだ。
 すらりと長い脚を優雅に交互させ、なんのためらいもなくアーサーとアルフレッドの正面に男は立つ。ふわりと漂ってきたのは甘い香水の香り。アルフレッドの周りには香水をつける人間がすくないので、その人工的な香りがやけに鼻についた。
「こんなところでなにやってんだよ、おまえ」
「いやあ、いまちょっと仲良くしてる女の子がさあ、ここの駅の近くに住んでるんだわ」
「またか。……どれだけ不純なんだおまえは」
 アーサーはハアと溜息をついて肩をすくめた。そしてふと顔をあげ隣にいるアルフレッドを確認し、アーサーは表情を輝かせた。
「それよりもフランシス、こいつがだれかわかるかっ?」
「は?」
 フランシス、と呼ばれた男は首をかしげてアルフレッドを見る。そして数秒じいっと見つめてから、にいと唇の端をつり上げるいやらしい笑みを浮かべた。
「おまえの彼氏?」
「はあっ!?」
 思わず反応してしまったのはアルフレッドだった。顔がカッと赤くなるのもわかる。自分でも、どうしてそんな反応をしてしまったのかわからない。しかしアーサーは平然としたもので、アルフレッドの大声に驚いたような表情はしたもののすぐに眉をしかめてばっさりと言い切った。
「バカ言うな。そんなわけないだろ、おまえじゃあるまいし」
「なにそれー、ひどーい」
「うるせえ! そうじゃなくって、おまえ、こいつのことわかんねえのかよっ」
「なになに? 会ったことなかったと思うけど」
「こいつ、アメリカだよ! アメリカ!」
 アルフレッドはぎょっとして、とっさにアーサーの口を押さえそうになった。まさかアーサーも自分のこの無自覚な『病気』が原因で知り合いと思われる男に不審なまなざしは向けられたくないだろう。
 しかし男はまったく動じることもなく、ああ、と訳知り顔でうなずいて見せる。
「ああ、うわさの弟くんな」
「そうだ! 言っただろ、絶対にアメリカに会えるって」
「はいはい。……で、アメリカくんはなんて呼べばいいのかな」
「アルフレッドだよ。よろしく、だれだか知らないお兄さん」
 言いながら右手を差し出すと、男はなんのためらいものなくその手を握り返してきた。そしてぱちりとウインクする。
「俺はフランシス。こいつとは生まれたときからほぼ一緒にいる、まあ幼馴染ってやつだ」
「へえ、きみが?」
 アーサーの母から事前に聞いてはいた幼馴染という存在。それがいま目の前にいるのだと思うとなんだか不思議だった。そしてどうじに、先ほどのウインクの意味を知る。
『事情はわかっている。大丈夫だ』
 彼はそう言いたかったのだろう。なんともわかりにくいが、まあアーサーの『病気』のことを理解しているというkとおさえわかればいい。
「じゃあよろしくねフランシス。オレのことはアルフレッドでいいぞ!」
「アーサーから弟くんのことはよく聞いてるよ。こいつの口ぶりだとちいさい子を想像してたんだけど、男前じゃねーか」
「なっ! おいフランシス! おまえ、こいつに変なことするんじゃねーぞ! アルも気をつけろよ。こいつ、好みのタイプだったら男女関係なく手を出すんだからな」
「へえ、そうなのかい?」
「そうだけど、俺はどっちかっていうと童顔で可愛い感じの子がタイプだからねえ」
 フランシスはニヤニヤと笑いつつアーサーを見ている。彼をおちょくっているようにも見えるが、アルフレッドはその視線にべつの感情があることをうっすらと感じた。
 童顔で可愛い感じ、なんて、まるっきりアーサーじゃないか。このフランシスという男はいま明確な恋情はないが、いつどんなきっかけがあってその小さなくすぶりに火がつくとも限らない。
 アルフレッドは身を盾にしてアーサーを背中に隠し、やっと駅に滑り込んできた電車に乗り込む。どうせアーサーたちの大学がある駅につけばアルフレッドはついていけないのだが、自分の前でフランシスの無粋な視線がアーサーにまとわりつくのが嫌だったのだ。
 電車は順調に進み、すぐにアーサーが降りる駅についてしまう。やはり体調がすぐれないのだろう、血色の悪い顔色ながらも笑みを浮かべてアーサーは電車を降りて行った。そのとき、アーサーの目を盗んでフランシスに
作品名:不思議の国の亡霊 作家名:ことは