7 × 11
戦車
正位置は前進、勝利。
逆位置は暴走、挫折。
「位地について、よーい・・・・・・」
パァーンッ!!!
勝負開始の音が、晴れ渡った青空に響いた。
左足の怪我から6年。
怪我をする前の俺は、馬鹿みたいに走るのが好きでたまらなかった。
早く言えば、走ることしか俺には自慢できることしかなかった。
それが逆にいつも俺を締め付けていた。
走ることで勝たなきゃ意味がない。
走って勝つことだけが、俺の取り柄だから・・・・・・。
走るのが好き。次第に一番大事なことは、俺の中から消えていた。
毎日練習して、無茶苦茶に走って、そして・・・・・・俺は挫折した。
左足に負担がかかりすぎ、医者からは「最悪、歩けなくなるかもしれない・・・・・・」、そう言われた。
絶望しか残らない。
走れなくなったら俺はもう・・・・・・。
やけになって、無駄に足掻いて・・・・・・。
そんな時、俺は走れる楽しさを思い出した。
自分は走ることが好きだった。なのに勝ち負けにこだわってた俺は、馬鹿みたいだ。
俺は走ることが好き。だからもう一度・・・・・・走りたい。
強いその気持ちは俺を突き動かした。
辛いリハビリに耐えられたのもその気持ちのおかげ。
そして今・・・・・・。
俺は風を切って、前進している。
勝ち負けなんかにこだわらない。
負けたって、走ることを楽しんだ奴の勝ちだ。
本当の勝利へ向かって・・・・・・。
俺は、白いテープをきった。
『11 Justice』
正義
正位置はバランス、正当。
逆位置は偏見、不正。
いつも天から泉を通して下界を見ている。
私は人間の善と悪のバランスを保つ存在。
大神ゼウスがプロメテウスに人間の女を作らせた。
その女はパンドラと名付けられ、絶対に開けてはならない箱を開けてしまった。
そして私はここに生まれ出る。
善と悪のバランスを、監視するため。
なんて愚かな人間。
パンドラの開けた箱からは、争いの神エリスや夜の女神ニュクスの子供たち、沢山の災いや悪が飛び出した。
唯一残ったのは希望。
それから私は、神に善と悪のバランスを計る天秤を貰いうけ、常に人間の善と悪のバランスを保っている。
悪なる人間が増えれば、彼らに死をもたらし、善なる人間が増えれば、同じように彼らにも死を与えた。
しかし、私は最近ふと思う。
愚かな人間どもは、エリスの子供の囁きで、簡単に争いを始め、罪もない人間の命を奪っていく。
善人が悪人になってゆく。
そして、争いが終われば、悪人は善人へと姿を変える。
もしも私が、善と悪のバランスを保たなかったら、人間はどうなるのだろう。
善人が増え、人間の世界は繁栄をきわめるのだろうか。
悪人が増え、互いに殺しあい、いつしか滅んでしまうのだろうか。
私はそっと、天秤を泉に落とした。
これからはお前たちの心が天秤だ。
人間どもよ、今度はその心でお前たち自身の善と悪のバランスを計るがよい。
私はここからお前たちを見ていよう。
天から天秤が落ちていく。
天秤は途中で無数に砕け、人間の心にかけらが刺さっていった。
善と悪のバランスを監視する天使はそれを見届けると、静かに泉をあとにした。