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ある富豪の戯れ

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 ある街に切手の収集家達が集まった。切手のオークションが開かれたのである。
 会場にいる収集家達は、皆いままで探し求めていた貴重な切手を手にいようと目をぎらつかせている。だがそれには会場に有名な大富豪の姿が見えたことが原因でもあるだろう。
 彼は世界でも一位、二位を争う程の資産家だ。彼が切手の収集家だという情報はなかったがこの会場にいるということはそうなのだろう。
 彼の経済力から考えれば今日出展される切手をすべて落札することも可能なはずだ。他の収集家はそれを恐れていたのだった。しかし富豪はそんなことは気にせずにオークションが始まるのをのほほんと待っている。
 オークションが始まり、次々と切手が落札されていく。皆富豪の動きを気にしていたが、彼は一言も声を上げず、ただオークションの様子を見守ってる。収集家達は安堵していたが富豪が何を目当てに来たのかが分かったために同時に絶望もした。
 今回のオークションには、昔切手の工場が焼けてしまい、かろうじて数枚残っていたという稀少価値の高い記念切手が出展されており、多くの収集家はそれを目当てに来たのだった。
 目当ての物が手に入らなさそうだと分かると、他の切手を落札し始める者、記念切手のために落札をしないでおく者、早々に帰ってしまう者など様々である。富豪はといえば興味なさ気に落札されていく様子を眺めているだけだ。
 そしてついに記念切手の番となり会場にいる全ての収集家が息を飲んだ。ただ一人富豪を除いて。
 入札が開始すると皆一斉に声を張り上げたが、それまで一言も発さなかった富豪が一際通る声で叫んだ。
 「一千万!」
 誰もそれ以上の額を言うものはいなかった。
 
 稀少価値が高いとはいえ、八十円切手を一千万で落札したというニュースは、マスコミにとって恰好の話題となった。オークションが終わるなり富豪は記者達に取り囲まれさっそく質問攻めである。
 「今回八十円切手を一千万円で落札されたそうですが、何故そんなことをしたのですか?」
 ずいぶんな質問ではあるが、富豪は嫌な顔一つせずに答えた。
 「昨日郵便物を出そうと思ったんですが、八十円切手がないことに気付きまして。丁度この街でオークションが開かれると聞いたので、それで落札しようと思ったんです。ちなみに何でこの切手かといえば、八十円切手が他に出展されてなかったんですよ」
 唖然とする記者達をよそに富豪は懐から封筒を取り出すと、落札した切手を貼り付けた。
作品名:ある富豪の戯れ 作家名:ト部泰史