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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ダークネス-紅-

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 亀裂の底にはどんな世界が広がっているのか、おそらく死が広がっているのだろう。
 嫌な気配を感じ取った紅葉は身構えた。
 亀裂の底から呻き声が聴こえる。
 紅葉はショルダーバッグの中にゆっくりと手を伸ばす。
 それはまるで何百何千もの怨霊が唸っているようであった。
 亀裂の底からなにかが来る。
 瞬時に〈般若面〉を装着した紅葉に、亀裂の底から飛び出した影が襲い掛かった。
 横に飛んでそれを躱した呉葉はショルダーバッグを投げ捨て、代わりに裁ち鋏を構えた。
 〈般若面〉のその先にいたのは蠢く黒い塊。霧か煙のようなそれには顔があった。ひとつではなく、何人もの人の顔が苦しそうにして蠢いているのだ。
 悪霊の集合体ともいうべきそれは生身の躰に怨念を抱き、泣き叫びながら呉葉に再び襲い掛かってきた。
 裁ち鋏を小太刀のように構えた呉葉は待ち構えずに自ら前で出た。
 実態の曖昧な霊体に物理的な攻撃が効くのだろうか?
 答えは出た。
 呉葉の一刀は悪霊を斬り、裂けた傷口から穴の開いた風船のように黒い風が噴き出た。
 悪霊は怨めしい顔で呉葉を睨んでいる。
「なぜだ……なぜ……斬れる?」
 苦しむ顔のひとつが問うた。
「生憎アタシは死人なんだよ!」
 その言葉を聞いた悪霊は地響きのように唸り叫び喚き、呉葉に向かって分裂して次々と飛び掛ってきた。
「死人に斬られたら成仏できないって知ってるかい?」
 呉葉が裁ち鋏を振りかざしながら舞う。
 シュンと風切音が連続して聴こえた。
 そのたびに聴こえる苦しそうな呻き声。
 向かって来る悪霊どもを次々と斬り刻む呉葉に慈悲の心はない。向かって来るモノはただ倒すのみ。
 最後の悪霊を縦に斬り裂き、呉葉は軽やかに地面へ膝を付いた。
 膝を付きながら耳を済ませた呉葉は感じた。
「もっと巨大な何かが地の底にいる」
 風が叫ぶような鳴き声が裂け目に下から聞こえたかと思うと、その闇から太く長い蛇の頭が飛び出たのだ。
 大蛇の頭は呉葉が手を広げたほどもあり、その全長は裂け目の下まで続き、正確な大きさを測り知ることはできない。しかも、ただ巨大なだけではない。全身を黒く長い毛で覆われ、頭には耳のような蝙蝠に似た翼が生えている。
 ゆったりと動く大蛇は決して呉葉から眼を離すことなく、頭に生えた羽を小刻みに震わせながら喉を鳴らしている。羽は空を飛ぶものではなく、威嚇に使う飾りのようなものらしい。
「帝都の大下水道にはリヴァイアサンが棲んでるって聞いたことがあるけれど、あんたはその亜種ってとこかしら?」
 巨大な蛇の頭が刺すように呉葉に向かって来た。
 正攻法で立ち向かうには無理があると判断して、呉葉は後ろの飛び退いて巨大な頭を避けた。
 それでも大蛇は執念深く、巨大な顎を地面に打ち付けコンクリを砕きながら、長い首を伸ばして呉葉に襲い掛かって来る。
 後ろに迫る壁を感じた呉葉は天井に向かって高く飛び上がった。それは判断ミスであった。
 上空で自由に動けない呉葉を呑み込まんと、巨大な口を開いて大蛇が襲い来る。そして、強烈な口臭がする大蛇の口内へ、呉葉は逃げる術もなく呑み込まれてしまったのだ。
 食道を滑り落ちる呉葉は裁ち鋏を大蛇の喉に突き刺してやった。
 頭を振って暴れる大蛇の食道で、呉葉は振り落とされそうになりながらも、さらに深く裁ち鋏を刺し込んで耐えた。
 このまま落ちれば胃袋で骨まで溶かされてしまいそうだ。
 呉葉は片手で裁ち鋏にぶら下がりながら、もう片手に氣を集中させた。
「中から燃やしてやるよ!」
 炎翔破が呉葉の手から放たれ、紅蓮の炎が大蛇の体内を駆け下りた。
「もう一発喰らわせてやるよ!」
 再び放たれる炎翔破。
 内部を焼かれた大蛇は暴れ狂い、嗚咽を漏らしながら口から呉葉を吐き出した。
 地面に着地した呉葉はすぐに身構えた。
 しかし、大蛇は呉葉に再び襲い掛かることなく、亀裂の中へと逃げ込んで行ってしまった。
「図体がでかい割にはたいしたことなかったね!」
 呉葉は〈般若面〉に手を掛け、ゆっくりと顔から外した。
 深い息を吐きながら顔を出した紅葉の意識が戻る。
 辺りに敵の気配はもうなかった。
 〈般若面〉は手に持つよりも、装着する方が明らかにエネルギーを吸われる量が多い。ここ数日に蓄積された紅葉の身体的疲労を考えると、小まめに外したほうが得策だった。
《紅葉、辺りの雑魚どもは蹴散らしたわ》
「ありがとうお姉ちゃん」
《大物を追い払ったから、当分は小物の出てこないと思うわ。この階にはもうないもない。早く上の階に行きましょう》
「うん」
 紅葉は〈般若面〉を片手に持ったまま、壊れかけの階段を上って二階を目指した。